小泉八雲が書いた唯一の料理本
職業柄いろいろな「料理本」を目にしますが、料理人ではない人が書いた料理本は、独自性があって面白く感じることが多いように思います。
たとえば、サルバドール・ダリが著した料理本『ガラの晩餐』は私の中では伝説となっています。
そんな非シェフ系料理本の中で、小説家であり民族学者であったラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が書いた唯一の料理本『クレオール料理本』も興味深い1冊です。
ニューオーリンズに住んでいたハーンが、その土地独特のクレオール料理(ザリガニスープ、ゴンボ、ジャンバラヤなど)の作り方を、主婦から丹念に聞き出して記録し、一冊の本にまとめました。民話やことわざを収集したのと同じように、まさに民俗学的なアプローチをして収集しました。
現代の私たちから見ると、ハーンのクレオール料理レシピは決して親切ではありません。分量や調理時間などの詳細がわかりやすく書いていないからです。
たとえば、フライドポテトのレシピはこのようなものです。
食べる人みんなに充分行きわたる量のジャガイモを洗い、皮をむく。スライサーでかなり薄めにスライスする。鍋にラードを熱し、ジャガイモを落としていく。茶色く焦げ目がつくまでそのままにしておく。網じゃくしで取り出し、塩少々をふり、熱いうちに食卓に出す。成功の秘訣はラードを充分熱したかどうかである。ジャガイモが茶色くならず、脂肪を吸って油っぽくなってしまったら、ラードの温度を上げること。きちんと揚がれば、冷めてもパリッとおいしいはずだ。
また、卵のピクルスは以下のように書かれています。
卵が市場にあふれて安いときに、卵不足の時期に備えてピクルスを作っておくと重宝する。まず卵3〜4ダースを30分ゆでてから冷ます。殻をむき、広口の壺に入れる。そこに煮立てた酢を注ぐ。酢にはホールペッパー、クローブまたはオールスパイス、ショウガ、ニンニクで味をつけておく。酢が冷めると、卵はすし詰め状態になっているはずだ。全体が酢に浸かるようにし、一ヶ月おけばもう食べられる。このピクルスは非常に安上がりに作れ、またぴりっとした感じは冷製肉のつけあわせとしてこれに勝るものはないというほどだ。
なんとなくハーンがニューオーリンズの主婦から聞き取った情景が目に浮かび上がって文章ではないでしょうか。
翻訳者のあとがきには、この本は連続性のある「小説」の域に入るものと書かれています。読むと確かに「読み物」であると感じます。
スープのレシピにはこのような記述もありました。
何を手がけるにしても、完璧を求めるならば注意深さと細かい配慮が不可欠であり、細部に気を配った研究が必要であり、熱心な試行錯誤が原動力となる。料理もまたその手順の一つ一つが科学的に研究されるべきであり、決して成り行きまかせの人生の一コマなどと見なされはならない。料理の手順のほとんどは化学である。従って、実験室で行うように細心の注意を払って材料を計量し、試行せねばならない。
料理を科学的に研究としている身としては、1885年に出版されたこの本に励まされる感じです。
文章からよい香りが漂ってくるような稀有な料理本です。