夜食日記

分子調理学者。料理・調理のメカニズムを研究する大学教授。著書に『料理と科学のおいしい出会い』(化学同人)、共訳書に『The Kitchen as Laboratory』(講談社)など。分子料理・分子調理ラボ(http://molecular-cooking-lab.net)を主宰。関心は「食×科学×芸術」。

私たちが食べている植物はいったいどこから来たのか

 現在、栽培されている植物(作物)には、それぞれ“故郷”ともいえると土地がある。栽培植物の起源の地は、世界中に散らばっているのか、それともある程度の土地に集約されるのか。植物のルーツを探ることは、人類史にも関連することであり、これまでたくさんの論文や著書が発表されている。

 スイスの植物学者であったド・カンドルは、1883年に『栽培植物の起源』という本を書き、多くの栽培植物の起源地を論じている。個別の作物について現在からみると間違いもあるが、今でも通用するところも多い。ド・カンドルに続いて、旧ソ連の植物学者ニコライ・ヴァヴィロフ(1887〜1943)は、栽培植物の変異の地域差や栽培種とそれに関連する野生種との比較などによって栽培植物を分析することで、栽培植物起源の研究に大きな発展をもたらした。

 ヴァヴィロフは、徹底的なフィールドワーカーとして知られ、栽培植物の起源地を探し歩いた。彼はそれまでの研究を取りまとめて『栽培植物発祥地の研究』という本を1929年に出版した。そこで彼は、栽培植物の「発祥中心」という概念を打ち立てた。それは、植物がどこで生まれたかということである。そして、世界には八つの発祥中心があると提唱した。それは、Ⅰ中国(そば、大豆、小豆、はくさい、もも)、Ⅱインド〜マレー(なす、きゅうり、ごま、さといもなど)、Ⅲ中央アジア(そらまめ、たまねぎ、ほうれんそう、だいこん、りんご、ぶどうなど)、Ⅳ中東(小麦、大麦、にんじんなど)、Ⅴ地中海(きゃべつ、レタス、アスパラガス、オリーブなど)、Ⅵアビシニア(オクラ、コーヒーなど)、Ⅶ中央アメリカ(とうもろこし、いんげん豆、日本かぼちゃ、さつまいも)、Ⅷアンデス(じゃがいも、西洋かぼちゃ、とうがらし、トマト、らっかせいなど)である。その後の研究でも、ヴァヴィロフの考え方に大きな誤りがないことがわかっている。

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(「サラダ野菜の植物史」より)

 今、日本で栽培され、市場に出されている野菜の数は、約150種類といわれている。このうち、日本が原産地と考えられているのは、うど、ふき、せり、みつば、みょうが、わさびなどわずか10数種類にすぎない。「伝統野菜」といわれるものもほとんどは外国生まれで、発祥の地からそれぞれ渡来してきた野菜である。現在、多様な植物による豊かな食卓があるのは、世界各地から植物が旅してきたおかげであるといえるだろう。

 

参考図書等

佐藤洋一郎 著, 「食の人類史 - ユーラシアの狩猟・採集、農耕、遊牧」, 中央公論新社(2016).

大場秀章 著, 「サラダ野菜の植物史」, 新潮社(2004).

サラダ野菜の植物史 新潮選書

サラダ野菜の植物史 新潮選書

  • 作者:大場 秀章
  • 発売日: 2004/05/14
  • メディア: 単行本
 

Vavilov, N.I., Origin and Geography of Cultivated Plants, Cambridge University Press, (2009).

Origin and Geography of Cultivated Plants

Origin and Geography of Cultivated Plants

  • 作者:Vavilov, N
  • 発売日: 2009/06/01
  • メディア: ペーパーバック