「煮ても硬いタケノコがスプーンですくって食べられる」という技術
おととい、日本食品科学工学会の東北支部主催の市民フォーラムがあり、裏方で手伝いをしたのですが、興味深い話を耳にしてきました。
フォーラムのテーマは「介護食のユニバーサル化」という、高齢化社会に向けた食についてのお話でした。
高齢の方でなくても、これまで歯の治療や喉の痛み、または病院への入退院後などで、やわらかい食事のお世話になった人は少なくはないのではないかと思います。
誰しも年齢を重ねれば、当然若い時と比べて歯が弱り、ものを飲み込む嚥下(えんげ)能力も衰えていきますので、やわらかい食事の重要性は増していきます。
世界でも超高齢化社会の“先進国”である日本はなおさらです。
しかし、高齢になってこれまで食べていた馴染みの食事から、突如「流動食」のような介護食へとすんなり移行できる人はきっと少ないでしょう。
たとえば、下のような「常食」の煮物を、「きざみ食」や「ミキサー食」にすれば、確かに食べやすくなり、なおかつ栄養成分上の違いもほとんどありませんが、“どろどろ”の食事を食べたいと思うでしょうか。
(月刊「発明」6月号掲載記事(平成24年6月1日発行)より)
見た目はおいしさの大きな要因であり、おいしく食することは人の楽しみでもあります。食は、快楽です。
人が年を取り、摂食・嚥下能力が低下しても、本来食べたいものは人間そうそう変わるものではないため、「見た目はこれまで通り、でも食べるとやわらかい」という食事は魅力的な介護食であると言えます。
そんな“都合のいい”食品を作る技術を今回のフォーラムで初めて知りました。
広島県の食品工業技術センターで開発された「凍結含浸法(とうけつがんしんほう)」と呼ばれる方法です。
簡単にいえば、「圧力を利用して食材中にやわらかくする酵素を入れ込む方法」で、この技術を使うと「煮ても硬いタケノコが、ババロアのようにスプーンですくって食べられる」というミラクルな技術です。
そのため、今までのミキサー食のような介護食が、下の写真のように一変する可能性を秘めています。
(月刊「発明」より)
肉や魚介類にもこの技術は応用でき、「見た目は普通のステーキ肉でもスプーンで軽く押しただけフニャッとつぶれ、口に運ぶと舌の上でフォアグラのように溶けてなくなるようなもの」が実際作られています。
さらに、反応時間等を変えることによって、その硬さも自在にコントロールもできるようです。
さらに、この技術は、介護食の現場にとどまらず、一般の人向けの新食感食品としての利用も考えられており、個人的にはこの分野の利用も気になるところです。
料理人の方には、この技術を利用して新感覚の料理を創作したいと思う方もいらっしゃるのではないでしょうか。
新しい食品加工技術は、食品企業での製造レベルから発展し、やがてレストラン、家庭での調理レベルへと徐々に行き渡ることがあります。
この「見た目はそのままに食感だけを変える」という技術の動向に今後も注目していきたいと思います。
凍結含浸法の詳しい技術解説は、広島県のホームページをご覧ください。