「京料理の挑戦:農芸化学とガストロノミーの融合」で思ったこと
年度末、京都と名古屋での学会をはしごし、仙台に昨日戻ってきました。私の研究室所属の院生と学部学生の口頭発表デビューがありました。いい経験になったことでしょう。
私もいろいろ「インプット」に励んだ学会シーズンでした。その中で、興味深かった京都での日本農芸化学会での拡大サイエンスカフェ・シンポジウムのお話をひとつ紹介しましょう。
シンポジウムの詳細はこちら。↓
京料理の挑戦:農芸化学とガストロノミーの融合
本シンポジウムでは、京都の料亭料理人と大学研究者が、京料理の技術革新を目指して設立した“日本料理ラボラトリー”の共同研究の成果を前半で発表します。後半では、コラボレーションをもとに作られた実験的な料理をそれぞれの料理人が解説し、参加者に試食していただきます。
主 催:日本農芸化学会
後 援:京都大学農学研究科、京都女子大学
日 時:2012年3月23日(金)11:00〜13:30
場 所:京都女子大学I会場(Q校舎301)
オーガナイザー:伏木 亨(京大院農)、山崎英恵(京大院農)プログラム:
■第1部シンポジウム(11:00〜12:00)料理人紹介
世界の料理の潮流と京料理:大森いさみ(武庫川女子大生活環境)
「日本料理ラボラトリー」の試み:山崎英恵(京大院農)
「日本料理ラボラトリー」活動の成果について:中村元計(相伝の味 なかむら)、川崎寛也(味の素株式会社)、吉田修久(修伯)、山崎英恵(京大院農)
■第2部「新しい科学調理の実際」(12:10〜13:30)
発表者:中村元計(相伝の味 なかむら)、村田吉弘(菊の井)、栗栖正博(たん熊北店)、高橋拓児(木乃婦)、下口英樹(竹林)、吉田修久(修伯)、高橋義弘(瓢亭)、佐竹洋治(竹茂楼)
この公開シンポジウムは、先着170名の事前登録制でした。「名だたる料理人による料理の試食付き」ですから、あっという間に定員に達したでしょうね。
第1部のお話も大変興味深かったですが、第2部の「実験的な料理の試食」に参加者の興味はやはり向けられていました。その時の様子を写真で紹介しましょう。
実際に京料理人による次のような8品の斬新な料理が、実際に作った料理人から原理も含めて詳しくプレゼンされました。
- 「修伯」吉田修久さんの「澄ませる」。昆布と野菜汁の組み合わせで動物性のダシを澄ませる。
- 「菊の井」村田吉弘さんの「固める」。鱈の白子と豆乳をニガリ→加熱で固める。
- 「瓢亭」高橋義弘さんの「時間差」。鱒、菜の花を寒天の地で固め、番茶と唐辛子油をかけて柚子味噌のペーストと合わせる。
- 「竹林」下口英樹さんの「液体窒素」。鮎の塩焼きを川に戻す。
- 「竹茂楼」佐竹洋治さんの「固める」。豆乳、鯛スープ、トマトスープ、生うにスープ、木の芽味噌を別々の方法で「固める」。
- 「たん熊北店」栗栖正博さんの「風味の時間差」。口のなかで時間差をもって感じる風味。
- 「木乃婦」高橋拓児さんの「分ける」。蕪と金時人参から甘みを分ける。
- 「相伝の味 なかむら」中村元計さんの「多次元の味わい」。てっぱえの風味に時間差をつける。
↓最後は、8名の料理人が勢ぞろいで「質疑応答」タイム。“スター”料理人たちにカメラのフラッシュが一斉にたかれました。
試食は、8名の料理人による斬新な料理8品のうち、各参加者にランダムに3品+手巻き寿司がのったプレートが配布されました。
私が頂いたのは、「修伯」吉田さんの「澄ませる」(右上)、「瓢亭」高橋さんの「時間差」(右下)、「竹茂楼」佐竹さんの「固める」(左下)でした。↓
どれも確かにこれまであまり感じたことのない食感の組み合わせなどで、とてもおいしかったです。無料なのが申し訳ないくらいでした。ただ、他の5品もお金払ってでも食べたかったですね。
シンポジウムの中で私は、「相伝の味 なかむら」の中村さんが言っていた次のようなことが印象に残っています。
どんな新しい技術を使っても、お客さんにおいしいと思って食べてもらわないと意味がない。お客さんに「この料理おいしいですね、どうやって作ったんですか?」と聞かれた時に、「実はこのような科学的な技術を使って…」と説明すべきで、料理をお客さんが食べる前に「これは新しい科学的な調理法で作った料理で…」と説明するのは野暮である、と。
料理人にとって、おいしさが最優先というプロとして当然のスタンスを聞いて、ほっとした気分になりました。
昨今の液体窒素などを使う「分子料理」と呼ばれる料理は、ややもするとこんなすごい科学的技術を使ってとか、食べる前のパフォーマンスのみが強調されるものが多いのではと私は危惧していました。
料理はおいしいことが大前提になければ、わざわざ出かけてお金を払う意味がありませんし、技術優先になってしまうと、料理人の一人よがりの料理になってしまい、お客は置いていかれるものです。
その点、この京料理の「分子料理」は、おいしい料理開発のために科学技術を使うという、しごくまっとうで、「王道」を感じました。
また、このシンポジウムで感じたもう一つのことは、料理の世界で「この料理おいしいなぁ、なんでだろう」と思っていろいろ知りたくなることと、サイエンスの世界で「この現象は、どのように起こっているんだろう」と思って知りたくなる感覚は一緒で、「好奇心」がいろいろな理解を深めるのだということです。
研究を続けていると、やる前からこういう結果が出るだろうとか、こういう結果が出てほしいとかという感情を持ってしまいがちですが、実験台で起こっている「現象」に真摯に向かう姿勢は取り続けなければならないなぁと再確認した年度末でした。
さぁ、明日からの新年度も、青白い炎を燃やして頑張りますよ!