夜食日記

分子調理学者。料理・調理のメカニズムを研究する大学教授。著書に『料理と科学のおいしい出会い』(化学同人)、共訳書に『The Kitchen as Laboratory』(講談社)など。分子料理・分子調理ラボ(http://molecular-cooking-lab.net)を主宰。関心は「食×科学×芸術」。

未来を思う原動力とは? 〜「食」への不安と期待〜

 最近、「未来」に関する書籍やTV番組などが多いように感じます。私が興味あるので、ただ目に留まるだけなのかもしれませんが…。

 現代の未来への社会的関心は、世界のグローバル化の行方、人の予想を超えた新デジタル・新テクノロジーの登場、異常気象による大規模災害の頻発など、さまざまな分野での大規模化・複雑化等による先行き不透明感が、人々の不安を惹起している結果なのかもしれません。

 その一方で、単純に目新しいモノへの社会的渇望と期待も同時に感じます。

 「食」の話で言えば、食べもののない時代、朝起きてからの最大の関心事は、未来の食である“今日のごはん”をどうするかだったでしょう。「食べものがない」という恐怖は、食糧難や震災などを一度経験すれば、なかなか頭は忘れてくれないものです。

 逆に、飢えから開放され、食料が潤沢にあれば、人の興味はどう豊かに過ごすかということが最重要課題となります。相対的に食への関心は低下しますが、グルメな食への渇望など、食への欲求の質が変わっていきます。

 私たちが「未来」を考える場合の内なるエネルギーとなるものは、「どうなってしまうのだろう」という“不安”と「こうなるといいな」という“期待”が、“ツインエンジン”です。

 「未来の食」への関心は、食べものがなくなるかもしれないというネガティブな感情と、ちょっと新しいものが食べてみたいというポジティブな感情がいいバランスで入り交じるもののように感じます。

 テクノロジー、環境、社会などの未来予測と比べて、食の未来予測は、より幅広い人の関心を引きつけ、なおかつ心理的にプラスにもマイナスにも作用する性質のものだと思います。

 私はよくいろいろな人に「食の未来はどうなるでしょう?」という疑問を投げかけていますが、答えにその人の食への保守・革新、未来への楽観・悲観などが顕著に表れると感じています。

 そのあたりが、食の未来を考えるのがおもしろい理由の一つです。

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