夜食日記

分子調理学者。料理・調理のメカニズムを研究する大学教授。著書に『料理と科学のおいしい出会い』(化学同人)、共訳書に『The Kitchen as Laboratory』(講談社)など。分子料理・分子調理ラボ(http://molecular-cooking-lab.net)を主宰。関心は「食×科学×芸術」。

お腹にいる“下宿人”が気になる

 人の願望はいろいろありますが、「健康」は古今東西を問わず、普遍的に切望されているもののひとつでしょう。とくに健康が損なわれてしまった場合はなおさらです。

 私たちの普段の生活で、その健康に関係する二大ファクターといえば、「食事」と「運動」でしょう。「健康は、バランスの良い食事をし、適度な運動することで手に入れることができます!」というthe 正論を、私たちは“耳タコ”で聞かされています。

 つまり「食べられる側」と「食べる側」、「食べもの」と「ヒト」を両方考えなさいということがそれらの発言の基盤にあります。もっと具体的にいえば、「食べもの」のカロリー、栄養素、機能性、「ヒト」の代謝、ホルモン、遺伝子などを知ることが健康への王道だと考えられています。

 しかし最近、その食べものとヒト以外の“第三者”が、私たちの健康にかなりのインパクトを持っていることがわかってきました。

 それは、私たちの体に住みつく微生物群「マイクロバイオーム(microbiome)」です。

 腸内細菌や腸内フローラ(細菌叢)といった単語はすでに一般的だと思いますが、これを腸内に限らず人体すべてに拡張した概念が「マイクロバイオーム」です。そのマイクロバイオーム研究の最前線は、やはり腸内細菌腸内フローラでしょう。

 今年の2月、科学誌『Nature』が、このマイクロバイオームについての特集増刊『Innovations in the Microbiome』を出しました*1。同様に2月にNHKでも『NHKスペシャル 腸内フローラ 解明!驚異の細菌 パワー』という番組を放送しています*2

 その背景には、ここ10年の間に、マイクロバイオームの解析に「メタゲノミクス(metagenomics)」というイノベーションがもたらされたことが大きく関係しています。この微生物の網羅的な解析手段によって、腸内フローラが、腸の病気だけでなく、免疫、アレルギー、肥満とやせ、がん、糖尿病、うつ、認知症など、ありとあらゆる現代の病気に関わっている可能性が示唆されています。

 さらには、腸内フローラが私たちの「性格」にも関係しているかもしれないという話もあります*3。「腸内フローラが私たちのすべてを操っている!?」といった過大評価はよくないでしょうが、「腸内細菌なんて、大したことないよ」という過小評価もおそらく間違いでしょう。

  腸内細菌の人体への影響、健康との関わりが次第に明らかになるにつれて、次はその腸内細菌をいかにコントロールするかという「技術」に注目が集まってくるはずです。

 腸内細菌・マネイジメントは、日常的に口に入れるもの、つまり食べものなどによって、自分に都合の良い微生物の集団にコントロールすることが、おそらく一番簡単でなおかつ効率的です。普段私たちは、“自分”にとって都合の良いごはんを考えますが、健康維持のためには「自分のごはん」と同様にお腹にいる「腸内細菌のごはん」も入念に考えなければならなくなるかもしれません。

 ある種のオリゴ糖などの「プレバイオティクス」のように、善玉菌が増殖する成分もすでに明らかになってきていますが、病気の種類や症状、年齢や性別、体調などによっても、よりきめ細やか腸内細菌の種類と数などのコントロールが必要になってくる時代がやって来るかもしれません。

 そうなると健康は、これまでの食べもの」と「ヒト」の二者の相互関係を考えるだけでは不十分で、下図のような食べもの」、「ヒト」、「腸内細菌」の関係を“三位一体”で考えることが、より不可欠となるでしょう。

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 実際、人体にとってノンカロリーの「人工甘味料」の摂取が、糖尿病のリスクを増加するという『Nature』の論文があり*4その原因は腸内細菌の影響ではないかと考察されています。また、カロリー制限のために、糖や脂肪の吸収を抑える成分の入った飲料やサプリメントを飲むと、それらが自分の体の中へは入りにくくなりますが、摂取が長い間続くと、腸管にいる腸内細菌が変動して、ひょっとしたら何らかの影響が出てくるかもしれません。

 これからは、私たちの体の中に住みついている「同士」ともいえる腸内細菌と上手に付き合っていきたいものです。自分のお腹にいる腸内細菌にオリジナルの名前を付けると、一気に親近感がわくかもしれません。腸内太郎とか、LBサクラとか。細菌“群”だから、グループ名やユニット名の方がいいでしょうか…。