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夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

焼き芋はどこまで甘くなるのか?―低温加熱による限界への挑戦

 スーパーの入口付近などで「焼き芋」が売られているのをよく目にしますが、今巷でちょっとした「焼き芋ブーム」なのだそうです。私も買いたいと思う時に限って、だいたい売れ切れています。

 サツマイモは、「蒸し芋」よりも「石焼き芋」にした方がおいしいのは自明のこと。

 石で焼いた芋が蒸した芋よりおいしく感じる要因の一つは、サツマイモ内のβ-アミラーゼという酵素がより働くことで、デンプンが分解され、麦芽糖などの甘い成分が生成するからです。

 β-アミラーゼが一番活発に働く温度は約70℃であることがわかっています。石焼き芋の場合、その温度帯を長い時間かけて通り過ぎるため、酵素がより働き、甘味が増すというメカニズムです。

 ここである一つの仮説が浮かびあがります。β-アミラーゼが働く低温加熱をずっと続けたらサツマイモはどうなるのか? 究極の甘さを持った焼き芋ができるんじゃないの?と。

 ということで、生のサツマイモ(茨城県産紅はるか)6本を準備。

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 食材内部への熱伝導率がいいアイリスオーヤマ株式会社製の「ノンフライ熱風オーブン」を使って調理しました。モードは、リクック/フライヤーモード。設定可能の温度の目盛は、80〜200℃となっています。

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 すべてのイモは、本加熱200℃設定で30分)し、その前の低温加熱(80℃設定)の有無時間の条件を変えてそれぞれ加熱しました。6個のサツマイモの加熱条件は、以下の通り。

  1. 200℃で30分加熱
  2. 80℃で30分間、その後200℃で30分加熱
  3. 80℃で60分間、その後200℃で30分加熱
  4. 80℃で90分間、その後200℃で30分加熱
  5. 80℃で120分間、その後200℃で30分加熱
  6. 80℃で150分間、その後200℃で30分加熱

 できあがりはこのようになりました(左から右にかけて1→6)。

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 見た目は一見同じようですが、切った断面や実際に持った感じは結構違います。

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 低温加熱時間が長くなるにつれて、“皮”と“身”の空間が広がる傾向があります。水分が飛ぶからでしょう。また、低温加熱によって圧倒的にやわらかくなります。80℃で120分、150分加熱した5番、6番は、持っただけで真ん中がへたっと折れるぐらいやわらかくなっています。

 同じ力で上から押すとよくわかります。低温加熱なしの1番の焼き芋は、全くへこまず、低温加熱が長くなるほど、ぺちゃとなります。

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 食べてみると、低温加熱なしの1番は、甘味不足で全くおいしくありませんでした。それに引き換え、低温加熱した2〜6番の焼き芋は、実に甘くなっていました。もともと同じイモとは思えないほどです。加熱条件の重要さがわかりますね。

 特に低温加熱が90分までは、加熱時間に応じて甘さが増していく感じがしますが、それを過ぎると、甘さがほぼ飽和に達している印象です。

 また、イモのテクスチャー変化も興味深いものがあります。

 低温加熱が60分までは、焼き芋のホクホク感が残っていますが、時間とともにやわらかくなり、それ以上低温加熱した5番や6番の焼き芋はほっくり感は消え失せ、ねっとりした食感を持っていました。焼き芋としては、これまでに経験したことのないとろっとしたやわらかさでした。

 低温加熱時間と甘さ、そしてかたさの関係を考えると、だいたい下のような図になるでしょう。

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 たった一人の官能試験、イモの数もn=1のトライアルなので正確なことは何もいえないですが、甘さやテクスチャーの理化学的な分析をきちんしても、似たような傾向を示すのでないかと思います。もちろんサツマイモの品種によっても、その挙動は異なるはずです。

 焼き芋のおいしさのこれまでの概念は、おそらく優しい甘さとホクホク感だったでしょう。しかし、低温加熱時間を伸ばすと、強い甘さとねっとりとしたテクスチャーを持つようになるのがおもしろい発見でした。

 焼き芋のホクホク感を好むのか、ねっとり感を好むのか、実際に食べてみると意見が分かれそうですが、個人的には、十分な甘さとホクホク感とねっとり感を合わせ持った4番の焼き芋が一番おいしかったです。

 以上、ある食品研究者のおやつ作りでした。