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夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

おいしさの理想―食の「真・善・美」

おいしさ 食と感性

 おいしい料理に興味を抱く人は、たくさんいることでしょう。

 おいしさは美味しさ、すなわち「美しい味」と書きますが、文学、美術、音楽などの美が大学で扱われているのに対し、食の美についてはまだしっかりと体系化されて扱われていないのが現状です。

 人の理想とされる「真・善・美」という価値観は、私たちの日常生活の中によく登場します。

 科学とニセ科学を見分ける「真」は何かというリテラシーの問題、何が良いマナーで何が悪いマナーかという「善」が世代間で異なること、グッと来るファッションや音楽に共通する「美」の感覚が同じ友達とそうでない友達がいることなど。

 同じ価値観によって共鳴することもあれば、異なる価値観に悩まされることもあります。

 今日の日本、そして世界の重要問題のほとんどすべてが、この「真・善・美」という価値観のぶつかり合いに他ならないでしょう。ある「真」と別の「真」が、またある「善」と別の「善」が、いたるところで社会的に衝突しています。

 食においても、単純な食の美の肯定は、人間の欲望の無尽蔵な膨張となる恐れがあり、先進国の美食のための食料確保は、限られた地球資源のエゴイスティックな消費になりかねません。

 料理においしいという美を求めながら、地球にも善い行いをし、学問的に真に正しい栄養バランスを求めるといったことは、決して容易ではないでしょう。

 おいしい料理の理想型には、食の「真・善・美」を深く考えることで近づくのかもしれません。

 ただし、災害などが起こって流通がストップし、食べものが目の前からなくなってしまえば、食の美など考えることなどは全く不可能になります。「真・善・美」は、目の前が切迫した状況に置かれていない時にのみ、考えることができるものです。

 美食、グルメなどは、平和な世の中でのみ存在できる霞みのようなものであるという認識は忘れないようにしたいものです。 

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