夜食日記

分子調理学者。料理・調理のメカニズムを研究する大学教授。著書に『料理と科学のおいしい出会い』(化学同人)、共訳書に『The Kitchen as Laboratory』(講談社)など。分子料理・分子調理ラボ(http://molecular-cooking-lab.net)を主宰。関心は「食×科学×芸術」。

新印象派の科学への接近と解放―総合芸術としての料理の未来

 先日、東京都美術館で行われている「新印象派―光と色のドラマ Neo-Impressionism, from Light to Color」を観ました。

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 見どころより一部抜粋。

印象派は、揺れる水面や陽光のうつろいなど、自らの目に映る世界を描き出そうとし、それに相応しい様式を作り出しました。その明るい画面を作り出す様式を、新印象派は最新の光学や色彩理論を援用して発展させていきます。そして、目に見える世界をそのまま再現することよりも、色彩そのもののもつ表現力へと関心を移していき、20世紀初頭のフォーヴィスム誕生への源泉になりました。

 新印象派において私が興味が惹かれるところは、光学や色彩理論などの「科学」との関わりです。

科学との出会い―色彩理論と点描技法

印象派の画家たちが経験的・感覚的に実践した筆触分割を、科学的な理論をもって発展させたのが新印象派の画家たちといえるでしょう。彼らは、パレット上で絵具を混ぜるのではなく、短い筆触で純色を規則的に置くことで、観る人の目の中で混ざり合って知覚されるくすみのない色彩を作り出そうとし、また赤と緑といった補色の関係を参照することでその効果を高めようとしました。スーラをはじめ他の画家たちも、シュヴルールやルードらの最新の光学と色彩理論を熱心に学びました。(一部抜粋)

 あの“点々”には、理論的な意味があったということですね。新印象派が登場したのは科学と機械万能の時代。宗教が科学に席を譲ったという世相もあり、絵画の世界にも科学の影響力が増大していったのでしょう。

 さらに、その後の展開がまた興味深いところです。

1985年 - 1905年:色彩の解放

すでに1890年代初頭には点描技法から遠ざかる画家たちがいましたが、シニャックらの作品も、初期の新印象派の様式からは徐々に異なるものになっていきました。南仏でシニャックは、スーラの理論を引継ぎながらも、強い色彩を用い、モザイクのような大きめの筆触による表現を確立しました。科学に基づく厳格な点描技法から解放され、より自由で、より色彩豊かな装飾性の高い画面が実現します。(一部抜粋)

 展示されている絵画を時系列で観ていくと、科学に基づく鮮やかな点描画が、科学から開放されて行った様がわかります。

 科学に基づく厳格な点描技法は、鮮やかでバランスがよい一方、観た直後に何を観たのか忘れてしまう感覚がありました。心に強く引っかかる“トリガー”のようなものがなく、さらっと目の前を通りすぎてしまう印象なのです。

 色彩理論など科学に基づく手法を徹底すればするほど、全体の収まりが良くなり、バランスが取れて何となく落ち着きます。しかし、感性の部分に訴えることとは別の方向に行ってしまう感じが個人的にはしました。

 総合芸術である「料理」もおそらく同じような変化の軌跡を示すのではないかと思います。

 調理にも理論的にこうすればおいしくなるという科学的知見が導入され始めています。科学的な料理は、人に深い洞察を与えるでしょうが、理屈で整い過ぎるとその反動で、理性、知性を超えたより感性的な料理が求められるでしょう。

 つまり、料理も新印象派のように、科学と接近し、科学を消化し、科学から解放されて、新しい表現方法が生み出されるのではないかと思っています。