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夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

“真のおいしさ”を理解するには? 「知性食い」と「感性食い」

おいしさ 食の心理 食の科学 食と感性 食と芸術

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 「料理と科学のおいしい出会い」という本を書き、料理のおいしさを科学の面から迫りましたが、執筆している最中、私の頭の片隅である声が絶えず聞こえていました。

科学だけで、おいしさがわかると思うなよ。

料理と科学のおいしい出会い: 分子調理が食の常識を変える (DOJIN選書)

料理と科学のおいしい出会い: 分子調理が食の常識を変える (DOJIN選書)

 

 本の最後の章の『「おいしすぎるおにぎり」の分子調理』でも、“戒め”を込めてこのように書いていました。

 究極のおにぎりは、ごはん一粒一粒の性質とそのすきま、すなわちごはん粒の上下左右の立体配置とその間を埋める空気のバランスを考え、その「理想」を何らかの方法によって構築したものなのかもしれません。その精密に“握られた”おにぎりも、大好きな人が作ってくれたおにぎりには当然完敗することは容易に想像できますが、それはまた別の話ということで。

 科学によっておいしさの一部は証明できますが、科学だけでおいしさのすべてが説明できるわけではもちろんありません。「好きな人がつくるおにぎりがなぜおいしいのか」ということも解明しなければ、おいしさの全貌を理解したことにはならないでしょう。

 「調理」と「料理」という言葉があります。その違いは何でしょうか。「調理師」と「料理人」で考えると、調理師には、専門的な技術で料理を作る職人的なイメージがあるのに対し、料理人には調理師よりもより創造的でアーティストのイメージを抱きます。

 料理人によって生み出される料理は、時に芸術作品となります。料理人は、アーティストの側面を持っています。絵画や音楽などの芸術で感動するように、料理でも感動が引き起こされます。この感動はどこからやってくるのでしょうか。

 現代の芸術哲学の代表者であるS.K.ランガーは著書「芸術とは何か」で、「芸術」を次のような定義を提案しています。

あらゆる芸術は、人間感情を表現する、知覚可能な形式の創作である。

 芸術作品で感動するのは、作品に乗り移った芸術家の感情に感動しているということでしょうか。

芸術とは何か (岩波新書)

芸術とは何か (岩波新書)

 

  料理で感動するのは、その料理の味や香り、テクスチャーといった科学面のおいしさによる感動もありますが、料理を作った人の感情によって呼び起こされるおいしさも伴わなければ、真の感動する料理には結びつかないように感じます。

 料理中の呈味成分や保健的機能性を重視する食べ方を「知性食い」とするなら、作り手の芸術性や自分の感情を重視する食べ方は「感性食い」といえるかもしれません。

 この「知性食い」と「感性食い」の両立とバランスが、おいしさの全体像を理解するのに重要なのではないかと感じています。

 ただ、この「感性食い」を深く理解するには、まだまだ時間がかかりそうです。

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