夜食日記

分子調理学者。料理・調理のメカニズムを研究する大学教授。著書に『料理と科学のおいしい出会い』(化学同人)、共訳書に『The Kitchen as Laboratory』(講談社)など。分子料理・分子調理ラボ(http://molecular-cooking-lab.net)を主宰。関心は「食×科学×芸術」。

備蓄をする人は5割が限界? その背景にある「備蓄の壁」とは

 昨日とおととい、仙台市消防局に行ってきました。
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 仙台市危機管理室減災推進課が主催する「地域地震防災アドバイザー研修会」で講演するためです。「大震災を生き抜くための食事学」という本を出していたこともあり、「震災と食」に関する講話の依頼を頂いていました。
 防災アドバイザーは、市内の各消防署の職員や団員の方などが主に兼ねています。講堂には、普段から訓練で体を鍛えているであろう屈強な消防士さんなどが受講者としてたくさんいらっしゃいました。
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 個人が平常時に行える災害対応は、食料品や飲料水などの「備蓄食」が基本となるでしょう。
 備蓄食というと、「何を備蓄するか」という“What?”の部分と、「どのぐらい、どのように備蓄するか」という“How?”が真っ先に頭に浮かぶかと思います。しかし、アドバイザーの方が一般市民の方に一番伝えるべきことは、「なぜ備蓄しなければならないのか」という“Why?”の部分であるということをまずお話しました。
  いろいろなアンケートを見ますと、災害に備えて食料品を備蓄している人の割合は決して多くはありません*1*2*3*4。災害直後の防災意識が高まった時は上昇しますが、平常時は3〜5割程度にとどまります。阪神・淡路大震災があった神戸市でさえ、現在、備蓄している人は約32%と少数派です。

f:id:yashoku:20140828004813j:plain神戸新聞NEXTより)

 備蓄をしていない人からは、「備蓄のことまで気がまわらない」という声が聞かれます。さらに、備蓄するのが面倒、うちに備蓄するスペースなどない、備蓄にまわすためのお金がないといった意見もあります。
 しかし、私が「備蓄しないこと」に関して感じるのは、備蓄に対する人の「心理的な負担」です。
 備蓄について考えるということは、その先の「地震」のことを想像しなければなりません。「地震なんて、来ないでほしい」と思うからこそ、備蓄について考えることが先延ばしになってしまうのではないでしょうか。平常時にわざわざ怖い地震のことなど考えたくないというのが、普通の人間の心理です。

 防災アドバイザーとしては、市民の方に「備蓄してください」とアドバイスするのが仕事ではありますが、それがむしろ心理的なプレッシャーになる場合があることも頭に留めておくべきとお話ししました。

 心理的な“壁”が存在する備蓄について、なぜ備蓄しなればならないのか、備蓄の必要性・重要性を感じてもらうためには、被災した人の個人的な体験談が有効であると感じます。あの大震災時に、いかに「食」が身体と心の両面を支えていたかという、体験した人だからこそ語れるリアリティが、「備蓄したがらない壁」を壊す“ハンマー”になるのではないかと思います。

 東日本大震災から3年以上過ぎ、いい意味でも悪い意味でも、その記憶が失われつつあります。風化してはいけない大切な教訓を含んだ記憶については、今後も語り継がれていくべきでしょう。

 来週9月1日は、防災の日。あまり深刻に考え過ぎず、気楽に自宅の「食」の蓄えについて思いを巡らしてみるのはいかがでしょうか。

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 仙台市消防局の1階にはこのようなものが展示してありました。
必ず来る!大震災を生き抜くための食事学 3.11東日本大震災あのとき、ほんとうに食べたかったもの

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