夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

経験によって得られるもの、失われるもの

 出張でカナダに来ています。8年前に2年ほど研究留学で生活していた国です。留学以来の渡加です。

 あえて昔の馴染みのスーパーで売られているパックの寿司を食べましたが、いろいろな意味で“普通”でした。
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 以前、海外で安いsushiを食べると、日本の寿司とのレベルの違いに唖然として「何だこれは」とか「こんなのは寿司なんかじゃない」という怒りの感情を抱いたものです。

 しかし、留学してしばらくして日本食に飢えてくると 「まぁこんなもんだよな」という感情に変わり、さらに時間が経つと「“日本食っぽいもの”を提供してくれてありがたい」と感じるようになりました。

 “海外寿司”に対して「拒絶」→「承諾」→「感謝」という心理変化です。一定期間海外に住んでいると誰しも似たような感覚を感じるのかもしれません。「寿司心理の三段跳び」と名付けています。

 今回カナダで食べた寿司に、上のような三段跳びの感情を思い出しながら食べました。「あぁ、昔こんなことを思ったよなぁ」と。

 しかし、通常他の海外の旅先で感じる新たな寿司への感情は特に沸き起こりませんでした。どこの国の寿司にもその国らしさを感じる“トリガー”があって、感じ取れるものなのですが。

 強いて言うなら、海外寿司に「新鮮な感情を何も感じない」という新鮮さを感じたということでしょうか。

 海外での旅先での醍醐味のひとつは、「食」に限らず、普段経験したことのない体験をし、普段経験したことのない“感情”を得ることだと思います。

 しかし、一度訪れた場所には、なつかしさはあったとしても、初めて感じる高揚感や不安感は抱きにくいものです。しかも、特に前に住んでいたところは郷愁もあいまって、新しいところに目が行きにくく、昔行った場所、昔食べた食べ物に体が向いてしまいます。

 年々、初めて経験した時の感情には何事にも代え難い“プレミア感”があると感じるようになりました。

 初めてが少なくなり、初めて経験した時の高揚した鮮烈な感情が沸き立ちにくくなっています。初めて海外旅行した時の期待と不安の入り交じったドキドキ感が懐かしく感じます。

 経験によって得られるものはもちろんありますが、経験によって失われるものもあります。新鮮さ、初々しさ、ときめき感などです。

  経験を積んでも、慣れ過ぎないことが重要なのかもしれません。