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夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

エル・ブリのフェラン・アドリアに関する書籍等4点

 先月出版された料理と科学のおいしい出会いに関する参考図書などをシリーズで紹介します。

 最初は、第1章の「料理と科学」の出会いの歴史から、『エル・ブリ』のフェラン・アドリア氏に関するものから。

1. エル・ブリ 想像もつかない味

エル・ブリ 想像もつかない味 (光文社新書)

  一つ目は、2002年に出版された、フランス料理評論家の山本益博さんによる新書です。

 山本さんといえば、旅先に着いてまずお目当てのレストランに向かい、そのシェフと事前に料理の“打ち合わせ”をして、再度訪れて食事に望むということを以前何かの本からか知って「料理評論家はこういう人がなるんだ」というある種ロールモデルを示してくれた方です。

 その尋常ではないフレンチ遍歴を持つ山本さんが「いままでに食べた3,000回以上のフレンチはエル・ブリを食べるための練習試合だった」と本書で語っています。

 エル・ブリの斬新な料理の創作コンセプトを理解する上でのキーワードに、「ディコンストラクション(脱構築)deconstruction」というものがあります。脱構築は建築や文学批評でも使われる言葉ですが、エル・ブリの脱構築は、「古典料理や伝統料理のレシピと素材を徹底的に分解して、組み立てなおし、全く新しいものに作り上げていく」という意味合いで使っています。

 山本さんは、この本の中でアドリアの料理を「再構築」と書いており、私もこの「リコンストラクション reconstruction」の方が料理を見ると合っているような気がしています。

  写真やイラストを使わなくても、文章で“想像もつかない味”を存分に味わせてくれる本です。

2. エル・ブジ 至極のレシピ集

エル・ブジ 至極のレシピ集―世界を席巻するスペイン料理界の至宝 (世界最高のレストラン―スペイン編)

  2000年出版のスペイン料理研究家の第一人者、渡辺万里さんによる、おそらく日本で最初のエル・ブリ紹介本。

 El Bulliの発音は、カタカナで表記するとエル・ブリなのでしょうか、それともエル・ブジなのでしょうか

 前の山本さんの「エル・ブリ 想像もつかない味」の冒頭で、この件にまず触ています。フェラン・アドリア本人に店名をどう発音するのか問いただすと「エル・ブリ」と発音すると書かれています。店のあるスペイン・カタルーニャ地方ではエル・ブジではなく「エル・ブリ」と濁音にはならないようです。

 それに対して、渡辺さんがエル・ブリではなく「エル・ブジ」としてまず日本に紹介したことが「エル・ブリvs.エル・ブジ問題」のきっかけになったのではないかと私は推察しています。

 「世界を席巻するスペイン料理界の至宝」という枕がついた渡辺さんのこの本には、27種類のメニューのレシピが写真付きで惜しげもなく載っています。

 ざっと眺めた感じでは、ある意味、普通のよくあるおいしそうな料理が並んでいます。しかし、よくよく見るとこれどうやって作るんだというものがちらほらあり、作り方で確認するうちにページを進めてしまうといった感じです。

 出版された当時、日本ではまだスペイン料理自体が今よりマイナーな時期だっただけに、スペインの食材(生ハム、オリーブ油、ワインやチーズなど)のベーシックな情報についてもわかりやすく記載されています。

 本の中で若いフェラン・アドリア氏にも会うことができます。

3. エル・ブリの一日 アイデア、創作メソッド、創造性の秘密

エル・ブリの一日―アイデア、創作メソッド、創造性の秘密

 なぜ、エル・ブリが料理界で注目を浴び続けて来たのか? その答えがこの本の中にあります。ちょっとすごい本です。

 エル・ブリは、独創的な料理を生み出したとか、新しい調理法を多数開発したということで評価されることが多いですが、それは一つの側面でしかありません。

 本を開くと、きれいな写真がたくさん掲載されていますが、それらはあくまで“付録”です。本の核は、写真と写真の間に閉じられているシンプルな色紙に印刷された10数ページ程度の「創作メソッド」にあります。

http://instagram.com/p/qQ0ARVki84/

 エル・ブリが21世紀に入ってから世界の料理界を席巻したのは、決して偶然などではなく、緻密に計算された“戦略”によるものだということが、その創作メソッドをよく読むとわかります。

 そして、旧態依然としたヒエラルキーが存在する料理界で、料理のレシピや新しい調理法、そしてその根底にある創作メソッドという“思想”までをも公開するというエル・ブリの意気込みが、誰も真似できないところでしょう。

 「たとえ真似しようとも、私たちには決して追いつけない」という自信も見え隠れしています。

4. エル・ブリの秘密 世界 予約のとれないレストラン [DVD]
エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン [DVD]

 最後はDVD。

 エル・ブリの功績のひとつに、クリエイティブな料理の創作はチームによって成し遂げられることを自ら実証し、無名の若い料理人たちの多くに希望を与えたことが挙げられます。

 その「チームでの仕事ぶり」は、このDVDを観るとよくわかります。フェラン・アドリアに憧れて世界中からやって来た才能ある多国籍のメンバー達が、エル・ブジの“裏方”として大勢参加しています。5,000人もの応募者から35名の新米シェフが選ばれるという競争率です。そして、選ばれたスタッフたちと、試行錯誤を重ねながら、共同でメニュー開発を行なっています。

 そんなチームに個人がとうてい太刀打ちできるはずがありません。

 フェラン・アドリアが料理界に導入した手法を見ると、研究者としては、サイエンスの世界との類似性を強く感じます。