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夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

W杯で勝ち抜くための食事学

 ブラジルでのサッカー・ワールドカップの開幕が近づくにつれて、4年前の南アフリカ大会時に書いた私のブログ記事「W杯日本代表、躍進の食事」にアクセスが増えているようです。4年に一度のこの時期、「W杯と食」について思いを巡らすのもいいでしょう。

サッカー日本代表の食事

 日本代表がどのような食事を取っているのか、気になる人も多いのではないかと思います。先月の朝日新聞デジタルの記事から*1

サッカー日本代表の食事公開 「4強入り想定」量を準備
2014年5月8日20時11分

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 サッカー日本代表の食事が8日、報道陣に公開された。海外遠征に帯同する西芳照シェフ(52)が、経営する福島県内のレストランで、W杯ブラジル大会でも出す料理を振る舞った。

 食事はビュッフェ形式で、選手は自己管理で摂取する品目や量を調整する。温かい料理を味わってもらいたいと、選手の目の前でステーキを焼いたり、パスタをゆでたりする。カレーは試合後に人気だそう。

 W杯3大会連続の“出場”となる西さんは「選手のみなさんが最大限のパフォーマンスを発揮できるように作っていきたい」。食材は4強入りを想定した量を準備するという。

 もう一つ、中日スポーツの記事からも*2

ザック日本の魚1トンで勝つ サバ、ホッケ、銀だらなど大量空輸
2014年5月9日 紙面から

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 勝負メシはニッポンの魚! サッカー日本代表の専属シェフを務める西芳照さん(52)が8日、福島県広野町で取材に応じ、来月12日に開幕するワールドカップ(W杯)ブラジル大会に大量の日本魚を持ち込む計画を明らかにした。日系移民が多く、日本食用の食材、調味料のほとんどは現地で調達可能だが、「日本の魚だけは手に入らない。現地の魚ではなく、選手たちが好きな日本の魚を用意したい」と全7試合を戦うことを想定し、サバ、ホッケ、銀だらなどを大量空輸する。
 ブラジルには日系移民が多く、多数の日本企業が進出している。前線基地のイトゥから約100キロに位置するサンパウロのスーパーには日本食材がずらりと並ぶ。なじみの食材を入手するのが困難だった4年前の南ア大会と比べれば、「やりやすいのは間違いない」と西シェフ。日本食材の卸業者もすでに手配済みだ。
 現地滞在が最長で1カ月強にわたる本大会期間中、約90品目の食材を準備する計画の中で、どうしても入手できないものが約10品目ある。その大半が日本の魚だという。
 「ほとんどのものは現地で手に入るが、日本の魚だけは手に入らない。選手たちはサバ、サンマ、ホッケなどの魚が好きです。現地の魚を出しても、選手たちが食べるのは日本の魚なんです。サンマは入手できるが、他のものは日本から用意する予定です」
 西シェフによると、現地で調達可能なサンマを除き、銀だら、銀むつ、ホッケ、サバ、赤魚などを大量に持ち込む計画で、日本協会を通じて、空輸の諸手続きを進めている。全7試合を戦うことを想定しており、魚の総重量だけで約1トンになりそうだ。
 西シェフは「選手たちが好むのは凝った料理ではなく、慣れた味。幼いときから食べてきたお母さんの味」といい、本大会に向けて「選手たちが最高のパフォーマンスを発揮できるように(食事を)つくりたい」と意欲的。焼く、煮る、蒸す-。なじみの日本魚の味が、ニッポン躍進のエネルギー源になる。 (松岡祐司)

勝負メシに必要な二つのファクター

 ブラジルW杯に向けた日本代表の食事というと、「何か特別な料理なのでは」と思う人もいるかもしれません。しかし、“勝負メシ”に大切なのは、サッカー日本代表の専属シェフである西芳照さんが話しているように慣れ親しんだ食事であることが大切です。さらに、長期間の滞在中、飽きのこない食事であることも重要なファクターです。

 前のブログにも書きましたが、ヒトという雑食性動物は「新規性恐怖」と「新規性嗜好」というジレンマを抱えています。

 大事な時ほど「いつもの馴染みの食事を食べて安心したい」、さらに「同じものばかり食べて飽きるのは嫌だ」という相反する二つの欲求がより顕著に出てきます。雑食性動物の根源的ともいえるジレンマのバランスを上手に取ることが大切だといえます。

 日本代表の勝負の食事だけでなく、受験前の食事、災害時の食事など、私たちがよりストレスがかかる時の食事もこの二つの要因を特に意識する必要があるでしょう。

ザックジャパンの食の秘訣

 さらにスポーツ栄養学的にみれば、サッカーはスタミナがきわめて重要ですので、ごはんやパスタなどの炭水化物の多い食事を多く摂るグリコーゲンローディングが基本です。

 上の新聞に載っている西芳照さんは、「サムライブルーの料理人 3・11後の福島から」という本を最近出版されています。昨日本が届き、本日完読しました。

 過去の大会の話などから、日本代表が食べているであろう食事が明瞭に想像できます。また、日本代表選手との親密なやり取りもたくさん記載されており、食事風景も目に浮かんで来ました。自分が日本代表に帯同している気分になれます。

 日本代表に直接“勝負メシ”を作っている方の話は、重みが違いますね。ブラジル大会アジア地区予選でウズベキスタンに行った時の話から。

 九月六日の試合当日、キックオフの三時間半前に、おにぎり、うどん、パスタなどのエネルギーに変えられる軽食を出すのはいつもの通りです。それに加え、ザッケローニ監督になってからは、試合後のロッカールームにおにぎりを一人につき一個ずつ用意して、炭水化物を摂取することで疲労の回復を早めるようにしています。鮭のおにぎりを二十三個握りました。

 そして試合後の食事は決まってカレー。“アフターマッチカレー”は日本代表の定番になっています。カレーを作ってホテルで選手たちの帰りを待つことになりました。

  試合後、選手たちは毎回アフターマッチカレーを食べているのですね。

 さらに、昨年ブラジルで行われたコンフェデレーションズカップの経験がとても貴重だったようです。

 ザッケローニ監督が日本代表監督に就任して以来、特に重視しているのが、不飽和脂肪酸のω3(オメガスリー)です。この栄養素は、血液の流れを円滑にして、末梢神経、末梢血管のすみずみまで行き渡らせるため、細胞の奥底まで修復する効果があると言われています。それゆえ筋肉の損傷をいち早く回復することができるわけです。

 ω3のなかでも栄養学的に必須なのは、エイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)、αリノレン酸(ALA)の三種。EPAとDHAはサバやイワシといった青魚やサーモンなどに、ALAは亜麻の種子や荏胡麻、くるみ、緑黄色野菜、大豆などに多く含まれています。イタリアでは常日頃からイワシやアンチョビなどでω3を摂取しているようです。

 ザッケローニ監督から、選手たちがω3を少しでも多く摂れる食事を、と依頼されているので、毎食必ず青魚などを出すのはもちろん、それ以外にも亜麻仁オイルを加熱しないでドレッシングに使うなどしています。

 今回のコンフェデでは、サバやサンマなどを持ち込めなかったため、魚料理に和食らしさが足りなかったのかもしれません。

 その分、選手たちの目の前で、選手それぞれの好みにあわせて調理するライブクッキングのパスタのメニューに「ちりめんじゃこの和風パスタ」を加えるなどして、和食を意識するようにしました。

 このコンフェデでの経験が、本大会での魚の大量空輸につながっているのでしょう。

「選手を想う気持ち」という最高の調味料

 コンフェデ杯では、炊飯器や水、現地のスタッフとのやり取りなどでごはんをおいしく炊き上げるのが難しかったと西さんは語っています。

 私がおいしいご飯にこだわるのは、ご飯をたくさん食べて炭水化物を多く摂取し、エネルギーをたくわえることが選手たちににとって重要だからです。ご飯がおいしくないと食が進みません。ご飯のお供も、毎回さまざまなものを持って行きます。2010年のワールドカップ南アフリカ大会では「食べるラー油」が大人気でしたが、今回ははじめて持参した「塩昆布」が人気でした。選手たちは、ご飯にのせるだけでなく、サラダにまぶすなど、いろいろと応用していました。関西出身の選手に人気があるという発見もありました。持参した分だけでは足りなくなったほどです。

 また、次の心温まるエピソードも印象的でした。

 「海外に来るとなぜかラーメンが食べたくなりますよね」と今野選手は言っていました。私もそう思います。実際に、ワールドカップ南アフリカ大会の時も、常に厳しい表情をしていた岡田武史監督がはじめて笑顔になったのは、醤油ラーメンを出した時でした。岡田監督の心の緊張を解くことができたことをとてもうれしく思いました。

 選手の皆さんから「今日はラーメンなんですね」と声をかけられると、「今ちゃんが食べたいと言うので」が、“返し文句”になりました。毎回、今野選手のためにラーメンということになっています。チームのムードメーカーの今野選手の名前を出すだけで、場が盛り上がります。

  さらに、柿谷選手や山口選手など新しい選手一人ひとりの「オムレツは卵四個」などのオーダーや好みをすぐに頭に入れて対応したり、試合に負けた後に川島選手から「西さん、負けてすいません」といわれ、カレーを食べて連戦で疲労した身体を休めてほしいと切に願う気持ちなど、日本代表を心から応援する文章が本の中ににじみ出ていました。

日本代表を影で応援する人を応援したい!

 西さんは、福島県南相馬市出身で福島県にある「Jヴィレッジ」のレストランで働いていました。2011年3月11日、東日本大震災で被災し、福島第1原発事故の影響で東京に避難しましたが、福島の復興支援のため、独立してJヴィレッジの食堂を再開し、原発作業員に温かい食事を提供しています。

 本の前半に書かれている震災直後のサッカー関係者からの激励のエピソードや西さんの利他的な行動に、同じ福島出身であり、被災した一人として、大きく魂を揺さぶられました。

 本の最後に書かれていた西さんへのたくさんのメッセージの一つに、日本代表の今野選手からのものがありました。以下、ちょっとだけ抜粋します。

 西さんの料理は、おいしいのはもちろんですが、いろいろ工夫して僕らが好きなものをアレンジして入れてくれるので助かります。

 一番驚いたのは、W杯南アフリカ大会で牛タン焼きが出てきたこと。南アフリカでまさか大好物の牛タン焼きが食べられるとは!それも目の前で焼いてくれて、かなりテンションが上がりました。こうした“サプライズ・メニュー”はとてもうれしいですし、出すタイミングもバッチリ。ラーメンも毎回楽しみです。

 海外での試合は、選手たちにとってももちろんアウェーになりますが、西さんは常に一人で厨房に乗り込んで、現地のシェフにいろいろ指示を出して食事をつくっている。毎回完全アウェイの中で戦っていて、本当にすごいと思います。

 震災後、Jヴィレッジが原発事故の収束に向けて活動拠点になったことには、大きなショックを受けました。そのJヴィレッジに西さんが戻って、頑張り続ける姿は、すごくかっこいい。僕自身、Jヴィレッジには小さい頃からよく通っていましたし、プロになってからもよく利用していたのでいつかまたJヴィレッジでサッカーをしたいという思いが強くあります。もし僕に何か協力できることがあったら、お手伝いしたいと思っています。

 これまで、結果が出なくて苦しい時のつらさも、西さんとは一緒に味わってきました。W杯ブラジル大会では、一緒に全力で戦って、喜びを爆発させられるような結果を残したいです。

 日本代表の選手はもちろんですが、その選手たちを影で支えている西さんをはじめ裏方の人たちにも、今大会は特に熱いエールを送りたいと思っています。 

サムライブルーの料理人 3・11後の福島から

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サムライブルーの料理人 ─ サッカー日本代表専属シェフの戦い

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世界と闘う サムライブルーの必勝ごはん

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