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夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

『巨人、大鵬、卵焼き』時代の「卵」の昇進っぷり

食材 食料品 食の思い出 食の情報

 昨日の読売新聞の記事*1から。

「巨人、大鵬、卵焼き」名フレーズの始まりは…

 昭和を代表する大横綱が逝った。元大鵬の納谷幸喜(なやこうき)さんが19日、72歳で亡くなった。

 「巨人、大鵬、卵焼き」という言葉に象徴される高度経済成長時代の主役の一人。その活躍に熱い声援を送った人たちからは、「一つの時代が終わった」などと別れを惜しむ声が上がった。

 「まさに昭和は遠くなりにけり、という感じだ」

 大横綱の死去をこう惜しむのは、作家の堺屋太一さん(77)。堺屋さんによると、通産省に勤務していた1960年代前半、新聞記者らに「日本の高度成長が国民に支持されるのは、子供が巨人、大鵬、卵焼きを好きなのと一緒だ」と答えたのが、名フレーズの始まりだったという。

 弁当のおかずで卵焼きが定番だった時代。娯楽の代表格は野球と相撲だった。大鵬の名を挙げたのは、文句なしに強く、子供たちに愛された名横綱だったからだった。

(以下略)

(2013年1月20日15時17分 読売新聞)

 『巨人、大鵬、卵焼き』時代の昭和35(1960)年代頃は私はまだ生まれていませんが、この有名なフレーズはもちろん知っています。卵の研究をしていますし、大相撲ファンですし、アンチ巨人でしたので…。

 日本の高度成長の時期に子供たちに愛された3つ中で、唯一の“食品枠”になぜ「卵焼き」がチョイスされたのか? なぜ『巨人、大鵬、鶏のから揚げ』とか『巨人、大鵬、魚肉ソーセージ』にならなかったのか? 卵研究者としてはその理由を考えてみたくなります。

 昔に遡ると、江戸時代の卵は一般庶民にとって特別な食材であり、当時の卵の消費量は国民1人1年当たり10個にも満たない状況でした。卵が日本で食卓に普通に登場するようになったのは、昭和30(1955)年以降で、欧米と比べると、日本人と卵の関係はまだまだ歴史が浅いといえます。

 日本における鶏卵の消費量の推移を表にざっとまとめると次のようになります。

年代 1人当たり年間の卵消費量(個数)
明治30年〜大正末  10〜25個
昭和 元年〜19年  25〜52個
昭和20年〜26年  10〜30個
昭和27年〜30年  50〜75個
昭和31年〜40年  75〜190個
昭和41年〜50年 192〜285個
昭和51年〜60年 286〜295個
現在 320個前後

 卵の消費は、高度経済成長のスタート時の昭和30年あたりから劇的に伸びていきます。これは、同じ畜産物である牛乳・乳製品や肉類でも同じですね。

 動物性食品である、牛乳及び乳製品、肉類、鶏卵、魚介類のそれぞれの消費量を農林水産省の食料需給表からグラフにするとこのようになります。

 乳製品、肉類、鶏卵の消費量は年代とともにそれぞれ右肩上がりのグラフになっていますが、魚介類は山型の形をしています。

 それぞれ食材は食卓に上る量が違うので、比較しやすいように、今私たちが食べている量を100として(平成22年度の消費量を100%として換算)、各年の消費量をパーセンテージで表示すると次のようなグラフになります。また、高度経済成長のまっただ中である昭和35年から昭和45年までを赤の点線で囲んでみます。

 上のグラフをみると、乳製品や肉類と比べて、鶏卵は比較的今の水準の消費量に到達するのが早く、昭和45年あたりから、今の消費量の80%以上になっています。それに対し、乳製品や肉類が今の消費量の80%以上になったのは昭和60年以降です。

 畜産物の中で、卵の消費量がいち早く伸びたその背景には、卵を産むニワトリの生産効率が高いことや、卵は物価の優等生といわれているように、安価な食品であったことなどが挙げられるでしょう。

 一方、魚介類は昔から日本人のメインのおかずであるため、以前から食べられている量が多く、昭和40年代ですでに現代と同水準の消費量となっています(昭和時代は増加し、平成に入ってからは減少傾向)。

 つまり「巨人、大鵬、卵焼き」となったのは、高度経済成長の昭和35年から昭和45年にかけて、これまで特別な人しか食べることができなかった「卵」が、他の畜産物と比べて、普通の人も普段から食べられる社会基盤がいち早く整い、その結果、その代表的な料理である「卵焼き」のお弁当へ登場する回数が急激に増えたことがひとつの要因だと考えられます。

 『ALWAYS 三丁目の夕日』のような時代、「魚」は昔から食卓にある身近な存在、「肉」はまだ手の届かぬ存在という中で、「卵」はちょっとした物珍しさと親しみやすいお値段でまばゆい存在感を示していたのではないかと推察されます。

 もちろん、子供たちに卵焼きが好かれたのは、お弁当内での「彩りの良さ」や「味のおいしさ」もあると思いますが、食する回数が劇的に増えたのが「大鵬時代」であり、そのため、高度経済成長時代の象徴的な食べものとしての多くの人に強い印象を残したように私には感じられます。

 月日が流れ、21世紀となった現代でも卵焼きはお弁当のおかずの定番です。「子どもが好きなお弁当のおかずランキング」*2によると、卵焼きはいまだ堂々の第2位となっているようですね(1位は鶏のから揚げ)。

 時代、世代を超えて愛される「卵焼きのおいしさ」には、科学的にみても興味深い特徴があります。それはまた別の機会にでも。

 卵とニワトリに関する本を2冊ほど紹介します。

江戸の卵は1個400円! モノの値段で知る江戸の暮らし (光文社新書)

江戸の卵は1個400円! モノの値段で知る江戸の暮らし (光文社新書)

ニワトリ 愛を独り占めにした鳥 (光文社新書)

ニワトリ 愛を独り占めにした鳥 (光文社新書)

 最後、一相撲ファンとして、昭和の大横綱元大鵬関に心からご冥福を申し上げます。

*1:[http://www.yomiuri.co.jp/sports/sumo/news/20130120-OYT1T00459.htm?from=main2:title=「巨人、大鵬、卵焼き」名フレーズの始まりは… ]: 大相撲 : スポーツ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

*2:[http://www.tonashiba.com/ranking/life/food/02060033:title=[弁当] 子どもが好きなお弁当のおかずランキング] - 暮らしのランキング&口コミ【となりの芝生】