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夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

ストレス時、女性は「過食」に、男性は「絶食」に向かう?

食の心理 食品開発 おいしさ 食の科学 食の本・雑誌

 今日の大学1年生向けの少人数授業での話をひとつ。

 「おいしさと食品開発」というテーマで、全7回の話をしていますが、今日のテーマは「おいしさの心理学」について、以前このブログでも紹介した「味わいの認知科学」という本のあるセクションについてディスカッションをしました。

味わいの認知科学: 舌の先から脳の向こうまで (シリーズ認知と文化)

 おいしさの研究は、学べば学ぶほど、その“奥深さ”と“広さ”を感じさせ、一度ハマるとなかなか抜け出せない「深海」のようなものです。

 おいしさを研究する上で、「食べもの」の味や香りだけを研究対象にするのは一面的であり、「食べもの以外の要因」も考えなければ、おいしさの全体像はなかなか理解できません。

 例えば、「ストレスを感じるとコーヒーの苦味がおいしい」と感じる人も多いのではないでしょうか。おいしさは、「食べものの中」だけに存在するのではなく、それを「食べる人」、そして「その人が置かれた状態」によっても大きく影響を受けるものです。

 その一例として、「精神的なストレスが食べもののおいしさにどのような影響を与えるか」という興味深い研究があります。

 Zellnerらの研究によると*1, *2、まず男女に、解決可能なアナグラム(言葉を並び替えて別の意味のある言葉にする)と解決不可能なアナグラムをそれぞれ解いてもらいます。解決不可能なアナグラムは、解決できないので「ストレス状態」を引き起こします。

 その結果、解決不可能なアナグラムを解くことを求められた女性は、チョコレートやピーナッツを多く食べましたが、解決可能なアナグラムを解いた女性はブドウをより多く摂取することがわかりました。

 この結果だけですと、ストレス状態になった女性が、チョコレートを食べたのは、解決不可能な課題にチャレンジすることによってより消費したエネルギーを補うためで、糖や脂肪を多く含む食べものを食べるのは効率的にエネルギーを補給するためであろうと推察できます。

 おもしろいのはここから。

 しかし、男性に同様の実験を行うと、解決不可能な課題を課された男性は、解決可能なアナグラムを解いた男性に比べて、摂取量を一様に低下させました。

 すなわち、「ストレスを引き起こすと、女性は、エネルギー摂取過剰に向い、男性はエネルギー摂取抑制に向かった」という結果です。

 この結果を学生さんに説明すると、受講している4名は全員女性だったので、「確かに、試験勉強の時、チョコレート食べたくなる!」「ストレス時に、男性が食欲がなくなる感覚はわからな〜い!」と言っていました。

 ただ、「ストレス下に、過食に行くのか?絶食に行くのか?」というのは、男女という「性差」よりも、「個人個人」のストレスの大きさや頻度、その人の食習慣、育ってきた食文化などによって大きく変わるのは間違いないでしょう。

 これらの実験の最も興味深い点は、「女性がチョコレートやピーナッツを多く食べたのは、ストレスによって失われた人の本能的なエネルギーの補給という理由ではない」ということです。

 すなわち、「ストレスによって高まった緊張感を、食べることによって生じる安心感や満足感によって補っている可能性がある」ということを意味しています。

 私たちは、栄養を摂取するためにだけ食べものを食べているのではなく、「おいしさを楽しみ、そこから安心感や満足感を感じることで、不安やストレスをも解消している」ことです。

 「おいしいもの食べるとしあわせ〜」という感覚は、誰しも感じたことがある感覚だと思いますが、その「おいしさがココロに及ぼす影響」を科学的に証明するのは、あらためて難しいなぁと思ったのでした。

 さっ、ストレス解消!?にビール飲もっと!

*1:[http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16519909:title=Food selection changes under stress.] [Physiol Behav. 2006] - PubMed - NCBI

*2:[http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17826866:title=The effect of stress on men's food selection.] [Appetite. 2007] - PubMed - NCBI