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夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

学生実験書のまえがき

食の言葉

 前の勤務先の大学で「食品科学実習」という学生実験を担当していました。おもに、乳、肉、卵などの畜産食品を扱う実験でした。

 その実習を受講する学生のための「実験書」を書いていたのですが、その実験書の「まえがき」を先日ふと目にしました。

 こんな文でした。

はじめに

 ウシやブタなどの家畜も、イヌやネコなどの伴侶動物も、私たちヒトも、当たり前であるが、食べなければ生きていくことはできない。植物とは異なり、有機物を自ら作り出すことができない従属栄養の動物にとって、「食べること」と「生きること」はほぼイコールである。
 しかし、食べ物が、いつでも、どこでも、なんでも手に入る現代の飽食日本では、食の重要性はなかなか認識されにくい。空気は私たちにとってなくてはならないものであるが、普段それを意識することは少ない。食べ物が「空気のように」存在する社会では、そのありがたさを真に実感できないものである。
 人類の食生活の歴史を振り返ると、食料があふれている時代はごくごく最近のことであり、しかも、一部の先進国のみの現象である。私たちの祖先は、幾度となく生命を脅かす飢餓に瀕し、日々の最大の心配事が「食」であったことは間違いないであろう。人類の祖先は、その食を求めて大陸を移動し、そして食生活に合わせて自らの体を変化させてきた。食は生命の進化において重要な役割を果たしている。
 人間は、一生の間で約20トンもの食品を胃袋へと流し込む。食べたものは、消化・吸収・代謝を経て、体を構成する材料や、体を動かすためのエネルギーへと変わっていく。成長期以降の私たちの体の大きさは見た目ではあまり変わらないが、筋肉や臓器を分子レベルで観察すると、摂取した新しい食品分子と絶えず入れ替わっている。半年や一年経つと、かつて自分の一部であった原子や分子はもうすでにそこには存在しない。
 このように、毎日食べる食品によって私たちのからだが何らかの影響を受けることは容易に想像できる。実際、食べ物によって病気を引き起こすものもあれば、健康をつくりだすものもある。また、体に必須なものであっても、食べる量や食べ方によっては、悪い影響をもたらすこともある。これからの超高齢化社会、人が健康に長寿を全うするためには、食品科学や栄養学の知識がますます不可欠なものになっていくであろう。
 食品とはもともと、生命体が産生したもの(牛乳など)であり、生命体の一部(食肉など)であり、生命体そのもの(鶏卵など)である。食品を科学するということは、“物質”を調べることだけではなく、生命そのものへの理解を深めることでもある。
 この本は、食品科学実習の手引書である。どのような道具をどんな手順で使うのか、それから何が分かるのか、先人たちの経験と努力で確立した数々のテクニックが解説されている。しかし、これは単なるマニュアルでしかない。食品科学を実際に学びとる手段は、君たちの「手」であり、「目」であり、「頭」であり、「舌」である。

  2009年8月

 「約3年半前に、自分はこんなことを書いていたんだ、へー」という感覚になりました。