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夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

料理を“建築”すること 〜料理と建築の共通性〜

料理・調理 食文化

 「建築家に料理好きが多い」のは、「建築と料理が似ているからだ」というのを耳にしたことがあります。

料理と建築の共通性

 シェフの仕事がメニュー、食材の特徴、調理法、器、テーブルセッティング、予算を考えて料理を作るように、建築家もデザイン、材料の特徴、工法、環境、予算等々を考えて家を作ります。

 自然の食材を集め、素材を切り、熱を当て、処理を施し、どう見せるか。建築と調理のプロセスには多くの共通点があります。建築用語と調理用語にも、同じものがたくさんあります。「面取り」「小口」「背割り」などなど。

 確かによく似ています。

どんぶり建築論

 建築家で東京大学工学部教授の隈研吾さんが、雑誌「考える人」のインタビュー記事で「どんぶり建築論」を展開されていて、これが実に興味深いです。

 どんぶりは、どんぶり鉢の中でご飯に何らかのおかずを載せて完成します。

 ご飯と具を合わせる際、カツ丼であれば、カツとご飯という二つの“異種”をつなぐ「媒体」が重要で、卵がその役割を担っています。卵がご飯とカツを上手く“ジョイント”しているため、両者はどんぶり内で違和感なく存在し、私たちは余計なことを考えずに身体に放り込めます。

 この「媒体」を使ってつなぐ作業が、建築設計上で材料を決定する作業とよく似ているのだそうです。

 たとえば、飛び出している柱と壁から出ている照明器具を合わせる際、和紙のスクリーンを媒体して入れると、異質な二つの要素がつながり、卵やタレがどんぶりでしている役割と同じように“まぶして”くれます。

 隈さんがデザインした那珂川町馬頭広重美術館には、細い杉材が使われています。その素材は、周りの細い枝に囲まれている繊細な風景と調和する、馴染むものが選ばれています。

 どんぶりという環境内で、光を調節し、周りと上手くまぶされているのが広重美術館であり、「建築論のエッセンスがどんぶりにある」というおもしろい考察です。

料理という“建築物”

 “料理側”からみると、逆に「料理論のエッセンスが広重美術館にある」ともいえるでしょう。

 建物する際、周りの環境と調和する素材選びが大事なように、調理する際の食材選びも、別の食材や調味料とのバランスを考えることが重要でしょう。

 そして、全体のバランス考えるためには、建築家が建築資材の特徴や性質に明るくなければならないように、シェフも食材の特徴や成分、さらにそこに含まれている食品分子の特性について理解することが、料理という“建築物”の魅力をより高めることに繋がると思います。

なぜ「どんぶり」なのか

 ただ、一つ疑問が残ります。なぜ、「“どんぶり”建築論」なのか。調和でいえば、どんぶりでなくても、皿の中で完成している「“パスタ”建築論」でも“小宇宙”として完結している「“鍋”建築論」でもよさそうです。

 その理由がまた私にとって実に腑に落ちる内容でした。

 どんぶりを食べるときの脳は、クライマーズ・ハイと同じような状態の脳波となって、かき込んで我を忘れる時があるようです。

 男性であれば、どんぶり以外にも「お茶漬け」をかき込んで、“無我の境地”に至ったことが一度や二度はあるでしょう。女性であれば、どんぶりよりも「パフェ」の方が夢中になる対象かもしれません。

 「建築は眼で見るもの」と考えられがちですが、建築に接することは、「物質を体内に取り込むプロセス」で考えなくてはと隈さんは話しています。

 今の建築は頭で考えることを強要しすぎる傾向があるので、「一心不乱にどんぶりを食べる状況のように建築を身体で取り込んでほしい」ということのようです。

 また、建築は常に美しさを追求するわけではなく、最終的に視覚的な段階に到達して「美しさ」を持つことがあっても、それを目的としているわけではありません。おいしいものも、見た目も美しいことが多いですが、あくまでそれは結果論に過ぎない、とも明言しています。

 ガストロノミー(美食学)の本質を得た感じがしました。

建築には料理のヒントが隠れている!

 建築家が料理のことについて書いた文章はよく見かけますが、料理人が建築について書いた文はあまり見たことがありません。

 それはもちろん、建物を立てるよりも料理を作ることの方が、圧倒的に敷居が低いからでしょうが、料理好きが建築から学ぶことはかなり多そうです。

考える人 2011年 11月号 [雑誌]

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