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夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

ニューロガストロノミーの可能性と限界

食の言葉 おいしさ 食の科学

 「神経の」または「神経学の」という英語の接頭辞が「ニューロ(neuro-)」ですが、このニューロが付いた言葉が絶賛“増殖中”です。

 ニューロエコノミクス(neuroeconomic、神経経済学)、ニューロマーケティング(neuromarketing、神経マーケティング)、ニューロエソロジー(neuroethology、神経行動学)、ニューロエステティクス(neuroaesthetics、神経美学)、ニューロデザイン(neurodesign、神経デザイン)等々。

 食の分野でも、イェール大学教授の神経科学者ゴードンM・シェパード(Gordon M. Shepherd)が「Neurogastronomy(ニューロガストロノミー、神経美食学)」というタイトルの本を出版しています。 

Neurogastronomy: How the Brain Creates Flavor and Why It Matters

Neurogastronomy: How the Brain Creates Flavor and Why It Matters

  • 作者: Gordon M. Shepherd
  • 出版社/メーカー: Columbia Univ Pr
  • 発売日: 2011/10/28
  • メディア: ハードカバー
  • 購入: 1人 クリック: 1回
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Neurogastronomy: How the Brain Creates Flavor and Why It Matters

Neurogastronomy: How the Brain Creates Flavor and Why It Matters

 

 背景には、脳神経科学から人間の思考、行動、感情を理解しようとする思惑があります。

 脳の活動から、そんな簡単に人の気持ちがわかるのでしょうか。

 近年の脳機能研究の進展は目覚ましいものがあり、fMRI(核磁気共鳴撮影法)などを用いた脳活動の分析から、単純な感情を推測することは次第に現実味を帯びてきました。

 ある論文では、前頭葉の腹側面に位置している「前頭眼窩野」の活動から「快か不快」を予測する成果を発表しています。

 つまり脳の活動パターンから、その人の食べものの好き嫌い、デザインの好き嫌い、さらには人の好き嫌いまでも判断できるかもしれないということです。

 たとえば、好きな人に作ってあげた“肉じゃが”が「おいしいのか、おいしくないのか」。鋭い人は相手の表情のわずかな変化を見逃しませんが、ポーカーフェイスで心が読めない人もいるものです。そのような人に対しても、fMRIを使えば簡単にその人の本当の心情を知ることができるという、何ともありがたいようなありがたくないような時代が来るかもしれません。

 しかし、脳神経の活動から料理の好き嫌いという感情がわかったとしても、料理のおいしさを探るという点では、この「ニューロガストロノミー」には“限界”があるように感じます。

 「何に対しておいしく感じているのか」を測定するのは、現段階ではとてつもなく難しいからです。

 おいしいのは、「肉」なのか「じゃが」なのか、部屋の間接照明がいい感じだったからなのか、たまたま“おふくろの味”に似ていただけなのか、という肝心の知りたい部分を脳神経科学で明らかにすることははたしてできるのでしょうか。

 ニューロファイナンスによる投資に関する脳の意思決定のメカニズムや、ニューロマーケティングによる商品購入の脳の意思決定メカニズムなどを知ることも同様に、fMRIの感度が飛躍的に向上したとしてもその解析は決して容易ではないでしょう。

 特においしさは、食べものの性質から、食べる人の生理的なものから文化的なものまでが複雑に絡み合う「多次元方程式」から成り立っています。おいしさはいったい何次元から構成されているのか、十次式なのか、二十次式なのか、その全貌がまだわかっていません。

 その方程式の次元がわかった時に、ニューロガストロノミーは威力を発揮するでしょうね、きっと。