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夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

加熱調理は、ヒトの脳を“進化”させ、体を“退化”させた?

食と進化 ブレインフード 食品製造・食品加工 栄養

 サイエンスの分野で、1990年頃から「21世紀は脳の時代」という言葉をよく耳にしていましたが、実際に日本で「脳科学ブーム」が起きています。

 「私たち“ヒト”とゴリラのような“サル”を分かつもの」を考えると、言葉の有無、手先の器用さなどありますが、やはり「脳の違い」が圧倒的に大きいといえるでしょう。

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ナショナルジオグラフィックより)

 ヒトの進化に関する最近の研究では、私たちの祖先が「火を使った調理」を覚えたことが脳を大きくする上でのターニングポイントであったと報告されています。

 ブラジルにあるリオデジャネイロ連邦大学のエルクラーノ・アウゼル博士らによる研究によると、さまざまな霊長類の体と脳の重さを測定し、カロリー摂取量と比較した結果、予想通り、体や脳を大きく成長するためには、たくさん食べなければならないということを科学的に証明しました。

 特に私たちヒトの臓器の中で脳は、体重の2%程度の重量に過ぎませんが、エネルギー消費は体全体の約20%を使う「エネルギー食い臓器」であるため、十分な栄養が摂取できなければ、脳を大きくすることはできませんでした。

 ゴリラのような大型類人猿は、ヒトより体が大きいですが、生の植物や果実しか食べないため、今のような食生活では「キングコング」になるのは到底難しく、せいぜい体重を200kgぐらいにするのに精一杯です。

 さらに、摂取したエネルギーのうち、体の拡大や維持に使うエネルギーが大きいと、脳の拡大に回す分はおのずと少なくなります。そのためか、ゴリラの脳の重さ450g程度で、ヒトの脳1200〜1400gの3分の1程度です。

 また、自然界で確保できる食料の量、食料を探す時間、一日の食事時間などは有限であるため、体や脳の大きさにはおのずと限界値があります。

 このように食料や時間などの“制限された世界”の中で、ヒトの祖先は、摂取したエネルギーを「体」に回すか「脳」に回すかの岐路に立たされました。その時、私たちの先人は、「体の大きさ」よりも「脳の神経細胞の数を増やす」という“トレードオフ”によって、「脳」重視の道を歩んできました。

 さらに、原人であるホモ・エレクトゥスが、「火を使った調理」を覚えたことによって、人類の祖先の脳のサイズは、250万年前から150万年の間に400ccから900ccへと約2倍に急成長しました。

 加熱調理が、その脳の拡大の“リミッター”を外す原動力であったといえるでしょう。

 実際、未加熱の食材と加熱した食材とで、「エネルギー効率」が本当に異なるのでしょうか。

 ハーバード大学の研究者らが、加熱調理で食料中の栄養成分の消化、吸収率が向上することを科学的に証明しています。

 実験動物のマウスに生のサツマイモ・牛肉と、調理したサツマイモ・牛肉を与えた場合、同じカロリー量であっても、調理した食べ物を与えた方が生の食べ物を与えたよりも体重の増加をもたらしました。これは、ヒトは食材を調理することによってより、高いエネルギーを得ること可能にしてきたことを意味しています。

 ヒトの歴史において、調理によるエネルギーの効率的な摂取が、より大きな体とより複雑な頭脳を持つ人間の誕生を可能にしたということを科学的に裏付ける結果です。

 しかし、現代の日本や他の先進国では、食料を探して森中を歩き回る必要がなく、身の回りに食べものがふんだんにある「飽食の世界」です。

 砂糖や油脂を大量に使い、柔らかくて食べやすい食事、精製度の高い加工食品の過剰摂取は、体重を増やし、肥満、高血圧、糖尿病、心臓病といった生活習慣病のリスクを増大させています。

 そのため、普通の白米に雑穀を混ぜた雑穀米や、通常の小麦粉ではなく全粒粉を使ったパンなどの“精製度を下げた”食べものが登場し、これまでのおいしさを追求してきた流れとは逆行した不思議な状況になっています。

 調理・加工することが、体にとってある意味「退化」となってしまった側面が現代ではあります。

 人類が、食材をシンプルに“焼く”、“煮る”程度の基本的な調理による食事は健康的にいただくことができても、エネルギー効率が良すぎる加工食品の過剰摂取に体は適応できていないのでしょう。

 先進国での体の肥大化、すなわち肥満という「“進化しすぎて”退化」という現象はほぼ臨界点に達していように思えますが、「人間の脳の大きさは、まだ限界に到達していない」と話す研究者もいます。

 何十万年後には、加工食品の過剰な摂取エネルギーを、肥満のような体の拡大ではなく、脳の拡大のみに利用し、ニューロンが活発に働くような代謝系を持つニュータイプの人種が登場するかもしれません。

 

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