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夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

支倉常長の“不遇っぷり”が酷い

 最近、何かとスペインに関する話題が多くなっていると感じている人も多いのではないかと思います。

 今年2013年は、慶長遣欧使節の派遣が行われてからちょうど400周年に当たることから、日本スペイン交流事業がさかんに行われています。

 慶長遣欧使節とは、慶長18年(1613年)、仙台藩主の伊達政宗が、スペイン領メキシコとの直接貿易と領内への宣教師派遣を要請するため、家臣の支倉常長らを大使として、メキシコ、スペイン、ローマへと外交使節を派遣したことです。

 それを記念して現在、仙台市博物館で「伊達政宗の夢―慶長遣欧使節と南蛮文化」という特別展が行われており、先日ふらっと観てきました。

http://instagram.com/p/f5LETVEi4F/

 感じたのは、支倉さんの“不遇っぷり”がすごいのなんの。

 ざっくりと言えば、支倉常長の父親が窃盗で切腹し、常長自身「罪人の子」であったにもかかわらず、豊臣秀吉の朝鮮出兵での有能ぶりが伊達政宗に認められて、慶長遣欧使節の大使に大抜擢され、命がけで大海原を渡ったにもかかわらず、スペイン国王・ローマ教皇に相手にされず、大した成果は挙げられず失意で帰国したら、キリスト教弾圧が厳しさを増していた頃で冷遇され、さらに息子の家来がキリシタンであることが発覚して息子が処刑、支倉家は一時「お家断絶」の憂き目にあうという、絵に書いたような不幸っぷりです。

 今の感覚から言えば、よく“折れなかったな”と思える人生です。

 支倉自身が書き記していたという日記の行方が未だ分からないようですが、彼がどんな心境で海を渡り、帰国後どのような感情を抱いたのかが知りたかったですね。

 「心の拠り所」はいったい何だったのでしょう。

 特別展を観た後、仙台市博物館内のレストラン「三の丸」でスペインの煮込み料理コシードを食べながら、そんなことを考えていました。

http://instagram.com/p/f5LYO4ki4Y/

 支倉常長がサン・ファン・バウティスタ号で月ノ浦(現・石巻市)を出帆したのが1613年10月28日のこと。 その時の齢は42才。

 明後日の10月28日、奥州仙台銘菓「支倉焼」を久しぶりに食べてみようと思います。

 先月スペインに行ってからずっと“スペイン熱”に侵されているのですが、思わず買ってしまったこの本にも、支倉さんの分かりやすいイラストなどが載っていました。

TRANSIT(トランジット)22号  美しきスペイン (講談社MOOK)

TRANSIT(トランジット)22号 美しきスペイン (講談社MOOK)

 

 http://instagram.com/p/f7FayyEixL/