夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

多彩な“食感”を生み出す「トランスグルタミナーゼ」の分子ガストロノミーへの応用

 食品のおいしさを増強させる反応に「熟成」があります。味噌や醤油、ワインやウィスキー、食肉や魚肉などを、適切な状態で適切な時間寝かせることによって、「おあずけ」されただけのことはあるおいしさを手に入れることができます。

 熟成の反応は、基本的に熱力学第二法則によるエントロピー増大、すなわち高分子が分解し、それによって低分子が生成する方向に反応が進みます。

 具体的には、デンプンが分解することにより甘味成分が増大したり、タンパク質が分解することによってうま味アミノ酸が増えたり、脂質が分解することによって独特の香りが生成する反応などです。

 この熟成に関わる反応には数々の「酵素」が関係していますが、発酵中、食品成分を「“ばらばらにする”酵素」というのはたくさん知られていますが、その反対の食品成分を「“つなぎ合わせる”酵素」というのは実に限られています。

 その“つなぐ”酵素の一つに、「トランスグルタミナーゼ」というものがあります。

トランスグルタミナーゼの食品業界での活躍ぶり

 トランスグルタミナーゼは、主にタンパク質(グルタミン側鎖)とタンパク質(リジン側鎖)を共有結合でつなぎ合わせる(架橋する)機能を有しています。微生物や動植物など自然界に広く存在する酵素で、その中でも特に動物の皮膚などに多く存在し、架橋反応によって、皮膚表面の物理的強度を高めたり、保湿機能を高めたりする役割を担っています。

f:id:yashoku:20130903120420j:plainKevin Ahern's Biochemistry (BB 450/550) at Oregon State Universityより)

 食品業界では、放線菌が生産するトランスグルタミナーゼが、味の素株式会社から「アクティバ Activa(海外ではMeat Glue)」という商品名で発売され、「食品物性の改良剤」として現在幅広く食品製造分野等で用いられています。

 現在、その利用が最も進んでいるのは、かまぼこなどの水産練り製品の加工分野でしょう。トランスグルタミナーゼを使うことによって程よい弾力性、しなやかな食感を実現することが容易になっています。これまでは、ナトリウムやカルシウムなどのミネラル塩などが食感改善に使われていましたが、トランスグルタミナーゼは味覚や風味には影響を与えないというメリットがあります。

 さらに、製麺分野でも、このトランスグルタミナーゼを使うことによって、小麦粉のタンパク質同士をつなげるので、弾力性を高め、コシの強い麺を作ることができます。ラーメンの麺なども、茹でてから時間が経っても伸びにくく、コシのあるおいしい麺の状態を維持することも可能になります。

肉の「接着剤」?

 また、このトランスグルタミナーゼが、一番センセーショナルに脚光を浴びたのが、食肉加工分野での利用でしょう。

 ソーセージの「バキッ」、ハムの「ジュワ」とした食感を向上させるだけでなく、バラバラの肉片にトランスグルタミナーゼの粉末をまぶし、ラップで包んでおいておくだけで、翌日には立派なステーキ肉になるというものです。

 

Meat glue – seriously, it's not that scary – Eatocracy - CNN.com Blogs

 バラバラの肉などを“接着”させる際は、肉表面に付着していた有害微生物が内部に混入する率が高まるため、加熱不十分による食中毒などには充分気をつける必要があります。

 トランスグルタミナーゼの反応は、肉と肉との接触面が、もともと食肉内にもある酵素反応でくっつくのですから、トラングルタミナーゼで結合させた肉は、見た目、通常のブロック肉とほとんど区別がつきません。いわゆる牛乳由来のカゼインナトリウムや、カラギーナンなどいわゆる「結着剤」で作った「成型肉」とは、一線を画しています。

 そのため、トランスグルタミナーゼは「肉の接着剤」ともいわれ、一部のレストランでも実際に使われています。

あらゆる食材を“シート状”にも、“ヌードル状”にもできる!

 前に述べた、ハーバード大学の「科学と料理 Sceience & Cooking」という講義でも「トランスグルタミナーゼ戦術 Transglutaminase Tactics」という回があり、この酵素の料理分野での可能性が紹介されています。 

Proteins & Enzymes: Transglutaminase | Lecture 8 (2011) - YouTube

 講義の中での実演コーナーでは、ニューヨークの前衛的レストラン wd~50のシェフ、ワイリー・デュフレーヌ Wylie Dufresneさんが、薄切りしたラディシュにゼラチン合わせて重ね合わせるように並べ、トランスグルタミナーゼの粉末をふりかけることで、「ラディシュシート」を作っていました。柔軟性のあるシートを適当な大きさに切ることで、ラディシュの赤のリングが重なった色鮮やかで立体的造形を可能にする斬新な食材となっていました。

f:id:yashoku:20130903111554j:plain(写真:The Feedより)

 その他にも、トランスグルタミナーゼを使って、バターピーナッツを平たくて伸ばして固めたあと、細く切った“ピーナッツヌードル”などを披露していました。

f:id:yashoku:20130903111601j:plain(写真:The Feedより)

分子ガストロノミーの強力な“武器”としてのトランスグルタミナーゼ

 トラングルタミナーゼは、タンパク質同士を化学的につなぎ合わせ、多彩な“食感”を有する料理を生み出します。しかも、もともとその食材自身が持っている結合であるため、「つなぎ目」がごく“自然”であり、なおかつ風味に大きな影響は及ぼしません。

 イギリスのシェフ、ヘストン・ブルメンタールさんもトランスグルタミナーゼを自分の調理に導入しています。

 そのブルメンタールさんにこの酵素を紹介されたというデュフレーヌさんは、トランスグルタミナーゼを使って「エビが95%以上も入ったパスタ」というのを発明しました。別名「麺の再発明」とも呼ばれています。

 「既存の素材の風味」と「斬新なテクスチャー」を融合させる「トラングルタミナーゼ」は、現在、分子ガストロノミー分野の重要なツールとなっています。

 

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