夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

「“試験管培養肉”ハンバーガー」の登場は、“食料生産新時代”の幕開けか?

 先月はじめ、試験管でウシの細胞を培養してつくられた“試験管培養牛肉”を使ったビーフバーガーが調理、試食されるというニュースがありました。

f:id:yashoku:20130831231508j:plain(画像:CNN.co.jpより)

 オランダのマーストリヒト大学の生理学者マルク・ポスト教授らが、ウシの幹細胞を培養し、3ヶ月かけて作った2万本もの筋肉細胞に、パン粉と粉末卵を加えて味を整え、140gの牛肉パティを作ったというものです。

f:id:yashoku:20130831231625j:plain(画像:CNN.co.jpより)

 培養肉はそのもの白いため、牛肉らしい色を出すために赤カブの汁とサフランを加え、ひまわり油とバターで焼いて提供されました。調理を担当したシェフは「通常よりわずかに色は薄いようだ」と語っています。

 実際に試食したある二人の料理評論家は「もっと柔らかいと思っていた。本物の肉に近いが、肉汁が少ない」、「脂が足りないが、普通のハンバーガーに似ていて食感はなかなか」と話しています。

 このハンバーガーの製作にかかった費用はというと、なんと3,000万円。Googleの共同創業者が巨額の研究費を出資しているようですが、ポスト教授は「製造コストが下がれば、今後10〜20年でスーパーに並ぶ可能性もある」と語っています。

培養ビーフバーガーのメリットとは

 わざわざ牛肉を培養する“もくろみ”ですが、いろいろあるようです。

 現在人類が栽培している農作物の70%は食用家畜の飼料として使われており、将来の人口増加により食肉の重大な食糧不足に直面すると予想されているため、培養された牛肉は、食肉生産の持続可能な「代替案」として重要なカードであるようです。

 また、家畜は、世界における温室効果ガスである二酸化炭素排出量の5%、メタン排出量の30%以上に関わっています。ハンバーガーを培養した肉で製造することで、これらの排出量を減らすことができるとも考えています。

 さらに、動物を殺す必要がないため、一部のベジタリアンにも提供を望めるほか、「動物の倫理的扱いを求める人々の会(PETA)」などの動物愛護団体からも賛同されているようです。

「培養肉」が、心理的にモヤモヤする原因

 食糧問題、地球温暖化問題、さらには動物福祉重視の観点から期待される「培養肉」ですが、「人工肉」、「人造肉」とも呼ばれ、今回の培養ビーフハンバーガーも「フランケンバーガー」と呼ぶWebサイトもありました。人が“造った”という肉に、ある種の「きみわるさ」「ぶきみさ」による拒絶反応が人々に心のなかに潜んでいることがわかります。

 似たような事例になるかわかりませんが、以前、当時の最新技術であった「体外受精」で生まれた赤ちゃんが、“試験管ベビー”とか“ブランケンベビー”と呼ばれていた時代があります。

 1978年に世界で体外受精を成功させたイギリスのロバート・G・エドワーズ博士は、2010年にこの「体外受精技術の開発」でノーベル賞を受賞しましたが、日本でも体外受精で産まれた赤ちゃんというのは、現在40人に1人にものぼると言われており、現代の不妊治療等になくてはならない技術となっています。

 体外受精のような技術であっても、世の中に最初に登場した際は、社会から少なからず拒否反応が表れたのですから、培養肉ももし実用化されれば、最初は少なからずバッシングを受けるでしょうが、開発が進んでスーパーによく並ぶようになれば、次第に社会の心の障壁はなくなっていくのかもしれません。

食肉新時代の到来?

 “培養肉”は、製造技術やコスト的な問題がクリアーされ、味も改良すれば大いに発展するかもしれません。

 培養肉を感想に脂肪分が足りないというコメントがありましたが、肉の脂肪細胞の培養し、筋肉細胞と合わせることによって赤身や霜降りの肉などを自在にコントロールできるような技術も進歩すれば、従来の「生体の(インヴィボの)牛肉」を超えるビフテキが食べられるようになるかもしれません。さらに環境に優しく、風味や食感、さらに栄養にも優れていて、衛生的にも問題がなければ、「新たな食肉時代の到来」を期待させるものです。

 さらに、ウシやブタの食肉だけでなく、絶滅が危惧されているウナギやマグロなどの魚肉も、養殖を超えた「“試験管培養ウナギ”の蒲焼き」や「“試験管培養マグロ”のにぎり」もひょっとしたら市場に出てくるかもしれません。

 将来、鰻屋で「天然にしますか、養殖にしますか、それとも“培養モノ”にしますか」と聞かれたりするのが、普通になるかも…。

 「食材を“細胞培養”で作る」という、「食の生産」という概念が大きく変わる時代が迫っている気がします。

 私たちの想像を超える食品が、長い年月をかけて世界中で開発されています。これから、どんな新しい食材、新しい技術によって作られた料理を目にするのか、私たちはテーブルに出されたものに驚かないように心の準備だけはしておく必要があるかもしれません。

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