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夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

「エル・ブジ」のフェラン・アドリアが料理界に起こした“革命”とは?

料理・調理 食と社会 食育

 なぜ、“スペイン勢”が「世界最高のレストラン」に選ばれるのか?

 「現代スペインを知るための60章」でスペイン料理研究家の渡辺万里さんが書かれているある章からの“エキス”と、私が思ったことからその答えを導いてみたいと思います。

それは、ある一人の料理人から始まった

 20世紀終わりから21世紀始め、世界の料理界は、美食大国とは思われていなかったスペインのある一人のシェフに振り回されることになりました。

 そのシェフの名は「フェラン・アドリア」といい、彼のレストランがスペイン・カタルーニャにあった「エル・ブジ*1です。

 フェラン・アドリアは、独創的な料理を生み出したとか、新しい調理法を多数開発したという点で評価されることが多いです*2, *3, *4*5。 

f:id:yashoku:20130725120848j:plain(写真:FERRAN ADRIA | Facebook*6より)

 しかし、渡辺さんは彼が料理界に与えた重大な影響は、もっと“深いところにある”と言います。

“天才料理人”の3つの取組み

 フェラン・アドリアが行ったことで私が注目したい点は、以下の3つです。

  1. 旧態依然としたヒエラルキーが存在する料理界で、料理のレシピや新しい調理法まで含めてすべての情報を公開するという異例のシステムを築いたこと。
  2. クリエイティブな料理の創作はチームによって成し遂げられることを自ら実証し、無名の若い料理人たちの多くに希望を与えたこと。
  3. 料理と科学の融合、および他分野の協力が21世紀の料理の発展には不可欠であると説いてきたこと。

 1にあるようなエル・ブジの特徴は、独自に開発したレシピを隠そうとするのではなく、他の料理人に教えたり、共有することにより、さらに料理を進化させようという意図が読み取れます。

 いわば「レシピのオープンソース化*7です。

 実際、エル・ブジのレシピ集は書籍としても多数出版されており、私が持っている次の本にもレシピ創作時のアイデアなどがふんだんに掲載されています。

エル・ブリの一日―アイデア、創作メソッド、創造性の秘密

エル・ブリの一日―アイデア、創作メソッド、創造性の秘密

  • 作者: フェランアドリア,ジュリソレル,アルベルトアドリア,Ferran Adri`a,Juli Soler,Albert Adri`a,清宮真理,小松伸子,斎藤唯,武部好子
  • 出版社/メーカー: ファイドン
  • 発売日: 2009/02
  • メディア: 大型本
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f:id:yashoku:20130724205203j:plain

  2の「チームでの仕事ぶり」は、「エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン」というDVDを観るとよくわかります。

エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン [DVD]

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 フェラン・アドリアに憧れて世界中からやって来た才能ある多国籍のメンバー達が、エル・ブジの“裏方”として大勢参加しています。5,000人もの応募者から35名の新米シェフが選ばれるという競争率です。

 そして、選ばれたスタッフたちと、試行錯誤を重ねながら、共同でメニュー開発を行なっています。

 また、3の多分野からの調理技術の導入も、これまで彼が作ってきたこれまで“誰も見たことのない料理”を見れば、斬新な手法を用いて創作しているのがよくわかるでしょう。

f:id:yashoku:20130725195942j:plain(写真:New York Magazine*8より)

f:id:yashoku:20130724164920j:plain(写真:Yatzer*9より)

フェラン・アドリアが料理界で影響力を持つ理由

  レストランのメニュー開発に「オープンソース化」、「グループ知」、「異分野融合」などの取り組みを導入したことが、フェランが料理界にもたらした“革命”であり、それによって多くの料理人やレストラン関係者に刺激を与えたことが“功績”だと私は思います。

 スペインのレストランやエル・ブジで修行したシェフのレストランが「世界のベストレストラン」に選ばれるのは、スペイン出身のフェラン・アドリアの上のような思想が色濃く反映されているからなのでしょう。

「エル・ブジ」スタイルと「研究」との類似点

 上記の1〜3のフェラン・アドリアが料理界に導入した手法を見ると、研究者としては、サイエンスの世界との類似性を強く感じます。

 研究成果を論文化して、Webサイト上で誰でも見れるようにオープンにし、学際的なメンバーを集めて自分の得意でない分野をカバーし、チームで仕事で行うというところは、現代の科学でも重要です。

 有名研究室にポスドク(博士課程を終了し、常勤研究職になる前の研究者)が集中し、お互い刺激を受けながら高め合うという構図なども、エル・ブジと似ています。

料理人の“概念“を変えた?

 これまで、豪華で大きな建物、贅沢なインテイリア、そして“秘伝のレシピ”で作られたソースにキャビアやフォアグラなどの高級食材が添えられた料理を出すレストランが最高とされてきた西洋料理のレストランの歴史が、方向転換しはじめているとしたら、それはフェラン・アドリアの影響であると言っても過言ではないでしょう。

 また、彼は、あるシンポジウムの基調演説で「21世紀の料理界を、どう動かしていくか。その基本は食の教育にある。料理人を目指す若者たちの教育。すべての一般の人々の教育。そのため我々は、自分たちの持つあらゆる知識やデータを提供する容易がある」と述べたそうです。

 つまり現代は、「どこのレストランがおいしい」とか「どのシェフ人気がすごい」とかと言った時代ではないということです。

 料理人は料理の世界から外に飛び出し、社会に対して影響力を持ち、食を通じて社会を動かす、そういう時代を彼は作ろうとしています。

 フェラン・アドリアは、すでに“次の手”を打っています。

 2011年にいろいろな理由で閉店したエル・ブジは、2014年に「エル・ブジ財団*10として再開するとの声明が出されています。

 さらに、2014年を目標として、今までの料理の進化や歴史を体系的にまとめた本を作りたいとフェランは語っています。

 まだまだこの人から私の関心は離れそうもないです。

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