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夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

ユニークな形のお菓子が作れるだけじゃない「3Dフードプリンタ」の真のインパクト

 最近、何かと注目を集めている「3Dプリンタ」ですが、「食」の分野でもその利用が模索されています。

  現在でも食品業界では、可食インクを使ったインクジェットプリンタが、ケーキやクッキーの表面に“2D”のイラストや似顔絵を描かれることに使われていますが*1, *2、立体の食品を作ることができる「3Dフードプリンタ」に関心がシフトしています*3

「パティシエ > 3Dフードプリンタ」という現状

 これまで、チョコレートや砂糖などの素材を用い、「3Dフードプリンタ」でユニークな形状のお菓子を作る試みが行われています*4。特にチョコレートについては、「チョコレート3Dプリンタ」が、すでに発売されているぐらいです*5*6

f:id:yashoku:20130709213052j:plainGizmagより)

 しかし、これらの3Dフードプリンタによる食品の製造工程の写真や映像を見て、私は食品の3Dプリンタの普及にやや懐疑的な気分になりました。

 3Dフードプリンタで作られた「試作品」が、街のケーキ屋のショーケースに並んでいる普通の「作品」と比べると、あまりに出来が“貧弱”だったからです。

 工業製品のプロトタイプなどを作るために3Dプリンタを使うことは、データから素早く低コストで作れるなどのメリットを有していますが、「食」へ3Dプリンタの実用化に何らかの利点を見出すことは難しいと思っていました。

 『「食」を“出力”するのに、人間の職人の“技”には到底敵わないだろう。3Dフードプリンタは、食の分野では普及しないんじゃないか』、そんな風に考えていました。

 しかし、今年に入ってから「3Dフードプリンタ」に関する記事に触れ、その見方が次第に変わってきました。

なぜNASAが3Dフードプリンタに出資したのか

 今年の5月、NASA(米航空宇宙局)が、3Dフードプリンタを開発する企業に12万5,000ドルの助成金を提供したことが話題となりました*7, *8

 この企業が、NASAに提出した企画案によると、このプリンタは3Dプリント技術とインクジェット技術を使い、インクジェットカートリッジに乾燥したタンパク質や脂肪などの主要栄養素や香料などをセットして、例えばピザなど、様々な形や食感の食べ物を出力するとのこと。

f:id:yashoku:20130709212833j:plain(Quartzより)

 なぜNASAが、3Dフードプリンタの開発に出資したのかといえば、火星などに長期滞在する宇宙飛行士向けに、3Dプリンタで「食」を“プリントアウト”するためです。

 昔の宇宙食のイメージは、現在の栄養ゼリーのようなアルミの袋に入った「チューブ式」だったでしょう。

 栄養を摂るだけであれば、“ゼリー”や“錠剤”のような形状でもいいのかもしれませんが、食事は、単なる栄養摂取だけではなく、“味わう”ことで精神的な満足が得られるという側面もあります。

 この食の嗜好的な機能に、食品の物理的な食感である「テクスチャー」は、重要な働きをしています。風味は同じであっても、湿気ったスナック類や硬いステーキはおいしくないことからもテクスチャーの大切さがわかるかと思います。

 食品の中のテクスチャーを生み出すには、食を“立体的”に作る必要があり、その開発に3Dフードプリンタは大きな役割を果すことでしょう。

3Dフードプリンタの真のメリット

 3Dプリンタは、精巧なものを素早く作ることができますが、一方で「誰でもどこでも作ることができる」というメリットもあります。

 NASAは、この特徴に注目したといえます。

 宇宙空間という限られた場所で、宇宙飛行士という限られた人が、宇宙船に乗せられた限られた食材を元に“食事らしい”食事を作ることができる唯一の「調理機器」が、この「3Dフードプリンタ」なのでしょう。

 米軍では、兵士が最前線に「持ち運び型の3Dプリンタ」を携帯し、戦場で武器を製造するとことが考えられているようです*9*10

 これと同じように、将来、戦場に3Dフードプリンタを持ち込んで、兵士の食事を作ったりするようになるかもしれません。そしてこのような用途は、戦場に限らず、被災地などでの利用も考えられます。

 「現場で最も必要なものを、最も適切なタイミングで供給する」という3Dプリンタの特性が、食の分野でも社会を大きく変える可能性があるように私には感じられます。 

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