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夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

「遺伝子検査」とセットで“販売”しなければならないもの

 DHCさんの「遺伝子検査 ダイエット対策キット」を実際に試してみました。

 ほおの内側の口腔粘膜を送ってから数週間後、「肥満関連遺伝子 検査結果報告書」が届きました。

「肥満関連遺伝子」って何?

 肥満関連遺伝子として一番有名なのは、脂肪の分解や燃焼に関与する「β3アドレナリン受容体(β3AR)遺伝子」でしょう。

 生体のエネルギー代謝は、アドレナリンなどのホルモンによって調節されています。細胞膜上にあるアドレナリンの受容体の一つである「β3受容体」は、脂肪細胞に特異的に発現し、脂肪の分解や熱生産器官としての褐色脂肪細胞の活性化にも関与しています。

 そのアドレナリン受容体に「変異」がおこると、アドレナリンの作用が正常に働かなくなり、基礎代謝食事誘発性熱産生(ごはんを食べると汗をかくこと)が低下します。

 そのような肥満関連遺伝子の「変異」は、別名、節約(倹約)遺伝子とよばれています。

 大昔、節約遺伝子を獲得したヒトは、少量の食物を脂肪として体内に保存できることや、少量のエネルギーを効率良く利用して生き延びることができるため、飢餓時代を生き抜くには優位でした。しかし、飽食時代になると、そのような節約遺伝子は肥満や糖尿病を引き起こす要因となり、生存にはかえって不利となっています。

 肥満関連遺伝子は、β3AR遺伝子だけでなく、現在、肥満に関連するといわれる遺伝子が約50種類以上報告されています。

 日本人の多くに変異が見られる遺伝子はそのうち3種類で、それらをDHCさんのキットは調べているようです。

遺伝子の「変異」とは?

 遺伝子の「変異」というと、何か怖いイメージを持つかもしれませんが、ようは遺伝子の「バリエーション」です。

 ヒトの遺伝子であるDNAの2重らせん鎖は、両親から1セットずつ引き継ぎます。あわせて2セット持っています。

 遺伝子の変異型は、その2セットの組み合わせで以下の3種類となります。

    • 「ワイルド(-)」:変異なし。別名、野生型。「集団の中でもっとも高い頻度で見いだされる表現型」という意味。
    • 「ヘテロ(+)」:片方だけ変異(母親からの遺伝子だけもしくは父親からの遺伝子だけが変異型)。ヘテロは「異なった」という意味。
    • 「ホモ(++)」:両方とも変異(両親の遺伝子ともに変異型)。ホモは「同じ」という意味。

 肥満関連遺伝子の変異の影響が出やすい、すなわち肥満になりやすい変異型は、「ホモ(++)」>「ヘテロ(+)」>「ワイルド(-)」となります。

 DHCさんが調べる「β3AR遺伝子」「UCP1遺伝子」「β2AR遺伝子」という3種類の肥満関連遺伝子のいずれかのうち、「日本人は約96%に変異がある」ということがわかっています。

 DHCさんの2008年6月〜2009年6月の統計データによると、3つの肥満関連遺伝子の変異型(ヘテロ型とホモ型の合算)の割合は次のようになっています。

      • 「β3AR遺伝子」は、約35%が変異型
      • 「UCP1遺伝子」は、約75%が変異型
      • 「β2AR遺伝子」は、約74%が変異型

 「UCP1遺伝子」と「β2AR遺伝子」に関しては、日本人(DHCで検査した人)の場合、変異型のほうが「主流」ということです。

4つの「遺伝子型ダイエットタイプ」

 DHCさんの検査では、各自の遺伝子変異は「3種類の遺伝子(β3AR、UCP1、β2AR)×3パターンの変異型(ワイルド、ヘテロ、ホモ)×3通りの並び方×男女」で54パターンのいずれかに該当し、4つの遺伝子型ダイエットタイプ(りんご、洋なし、バナナ、アダム・イブ)に分類しています。


(DHCオンラインショッピングWebサイトより*1。)

 表にしてみましょう。

β3AR UCP1 β2AR 女性 男性
++ ++ りんご型 りんご型
++ + りんご型 りんご型
++ りんご型 りんご型
+ ++ りんご型 りんご型
+ + りんご型 りんご型
+ りんご型 りんご型
++ ++ ++ 洋なし型 りんご型
++ ++ + 洋なし型 りんご型
++ ++ 洋なし型 りんご型
++ + ++ 洋なし型 りんご型
++ + + 洋なし型 りんご型
++ + 洋なし型 りんご型
+ ++ ++ 洋なし型 りんご型
+ ++ + 洋なし型 りんご型
+ ++ 洋なし型 りんご型
+ + ++ 洋なし型 りんご型
+ + + 洋なし型 りんご型
+ + 洋なし型 りんご型
++ ++ 洋なし型 洋なし型
++ + 洋なし型 洋なし型
++ 洋なし型 洋なし型
+ ++ 洋なし型 洋なし型
+ + 洋なし型 洋なし型
+ 洋なし型 洋なし型
++ バナナ型 バナナ型
+ バナナ型 バナナ型
アダム・イブ型 アダム・イブ型

 興味深いのは、女性と男性とでは遺伝子型ダイエットのタイプが違うところです。それは、女性の場合はUCP1>β3AR>β2ARの順に優先され、男性の場合はβ3AR>UCP1>β2ARの順に優先されるからだそうです。

 ちなみに、私は「洋なし型」でした。

遺伝子検査の先に待っていたもの

 遺伝子検査報告書と一緒に送られてきたのが、「DHCパーソナル・カルテ」というもの。

 食事内容や食べ方、運動方法のアドバイスを、4つの遺伝子型ダイエットタイプ(りんご型、洋なし型、バナナ型、アダム・イブ型)ごとに紹介しています。

 もちろん、DHCさんですから、“あなたの体質に合わせた”オススメのサプリメントを強力に薦めてきました。当然ですね。遺伝子診断とその次のサプリ販売あわせてのセットビジネスです。

 肥満用のサプリメント、美肌用の化粧品を持っているからこそ、ダイエット対策、美肌対策の「遺伝子診断キット」を発売しているのです。

遺伝子検査をする上での大事な「前提」

 肥満の原因には2つあります。一つは「遺伝子」、そしてもうひとつは「環境」です。

 「遺伝子」の影響で肥満になる率は3〜7割、生活習慣などの「環境」の要因で肥満になる率も3〜7割といわれています。

 遺伝子検査によって肥満になりやすい遺伝子を持っていることがたとえわかったとしても、肥満になるのはその「遺伝子」だけのせいでなく、「食事や運動などの生活習慣を見なおすことでそのリクスを下げることができる」という前提が、肥満関連遺伝子検査でとてもとても大事なところだと思います。

 むしろしっかり自分の肥満関連遺伝子の変異型を知ることで、「適切な肥満対策を取ろう」という、前向きな気持ちになることができます。

 しかしこれがもし、「環境」とは無関係に「遺伝子」だけで将来高頻度で発症する可能性の病気などの遺伝子検査であったらどうでしょうか。

 自分がその病気の遺伝子を持っていることが分かっても、それに対する「対策」や「ケア」がなければ、その先にはかなりの不安や悲観、絶望感が待っているのではないでしょうか。

 自分の遺伝子は知っても、それを変えることができないのです。

 遺伝子検査では、かならず『希望』もセットで“販売”しなければとても怖いことだと思います。

 影響力が圧倒的な「遺伝子>環境」の遺伝子検査はかなりの慎重さが必要だと思いますが、この2つには簡単に「>」や「<」といった不等号を付けられないものがほとんどです。

 そんな「遺伝 vs. 環境」論争があるなかで、海外では、知能、才能、性格に関わる遺伝子の「遺伝子検査ビジネス」がすでに始まっています。

 「頭の良さや、心や行動は遺伝子の影響を受けないでしょ」と思っている方には、行動遺伝学者が明らかにする「遺伝子の不都合な真実:すべての能力は遺伝である」という新書をオススメします。

遺伝子の不都合な真実: すべての能力は遺伝である (ちくま新書)

 みんなうすうすは感じていたけど、口に出したらまずい、「それを言っちゃあおしまいよ」的なタブーが書かれています。

*1:[http://top.dhc.co.jp/shop/idenshi/diet/?sc_iid=catop_idenshi_01_diet_lp1:title=DHCの遺伝子検査 ダイエット対策キット]|遺伝子検査ならDHC