夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

山中教授の「iPS細胞」から考える「食事療法の将来」

 山中伸弥教授が人工多能性幹細胞(iPS細胞)の開発に関するノーベル医学生理学賞を受賞して、はや1ヶ月弱が経ちました。

 ヒートアップしていた報道がだいぶ落ち着いたようですので、“食品研究者的”に思うところを書いてみたいと思います。

 以前、再生医療に有望視されていた胚性幹細胞(ES細胞)は、ヒトのもととなる「胚」から樹立されるため、生命の根源を“壊す”という点で倫理的な問題がありました。

 その点、iPS細胞は、皮膚や血液中の「胎児のもと」ではない細胞を“初期化”してさまざまな細胞に変えることができるので、ES細胞が抱えていた倫理的な問題をあっさりと解決してしまいました。

 この倫理的な点が、TVなどで盛んに報道されていた部分ですが、私は、ES細胞の「もう一つ大きな問題」もiPS細胞がクリアーしたということに興味がありました。

 それは移植時の拒絶反応に関することです。

 ES細胞の持つ遺伝情報は、移植する患者にとっては「他人」の遺伝情報であるため、移植した後に拒絶反応が起こってしまいます。

 その点、iPS細胞は、患者の皮膚を採取し、“山中4因子”を細胞にふりかけて初期化し、特定の細胞株に分化後、採取した患者本人に移植しても、遺伝情報は「本人」なままのため、拒絶反応が起こらないのです。

 テクニック的な問題?で、iPS細胞でも拒絶反応が起こる場合が報告されているようですが…。

 ようは、個人個人から細胞を取ってきて、その人にピッタリの組織や臓器が「オーダーメイド(テーラーメイド)」で作れるということが、倫理面とは別の、iPS細胞の特筆すべき利点、メリットだと思います。

 iPS細胞の「i」は、「induced 誘導した」という意味ですが、携帯音楽プレーヤー「iPod」のように普及してほしいという山中教授の願いが込められているそうです。

 そのiPodの「i」の由来は「internet」などたくさんありますが、そのひとつに「individual 個々の」という意味があります。山中教授は、「拒絶反応が起こらない、個人個人にあった再生医療が可能になるように」という意味をiPS細胞の「i」にきっと込めたのでしょう。

 一方、栄養・食品の分野でも、この「オーダーメイド化(テーラーメイド化)」または「個別化」が、年々重要になってきています。私が今、自分の研究分野の中で一番興味のあるトピックの一つです。

 本日の日本経済新聞のWeb版のニュースにも、この件に関する記事がありました*1

女子栄養大 栄養科学研究所 食事療法、遺伝子型別に 知の明日を築く
2012/11/1 3:30

 メタボリック症候群など生活習慣病の予防に向け、健康的な食生活への関心が高まっている。女子栄養大学の栄養科学研究所にある栄養クリニック(東京・豊島)は、長年積み重ねてきたデータを生かすとともに、遺伝子型に応じた先進的な食事や運動療法の実践に取り組んでいる。

 「健康や体重に関係する遺伝子は、人によりタイプが異なります」。10月中旬、女子栄養大学の駒込キャンパスにある栄養クリニックの会議室。所長の田中明(62)の話に耳を傾けているのは学生ではない。同クリニックが有料で開く健康的にやせるための講座の一般受講者たちだ。

 クリニックの開設は1968年。女子栄養大学の創設者の香川綾が、研究成果を一般の人の健康増進に役立ててもらおうと始めた。

 スタッフには医師と管理栄養士のほか、正しい姿勢や歩き方を教える健康運動指導士も加わり、食事と運動の両面から参加者たちを支えている。

 大きな特徴は、5年ほど前に同大が初めて取り入れた、参加者らそれぞれの遺伝子のタイプに応じたきめ細かいメニューだ。まず本人の同意を得て遺伝子を検査し、血圧が上昇しやすい、脂肪が燃焼しにくいなどさまざまなタイプを調べる。ここでは、血圧や肥満などに関係する4つの遺伝子型をまとめて検査することができる。

 田中によると「日本人は米国人などに比べて、太りやすい遺伝子を持つ人の割合が高い」という。もっとも、太りやすい遺伝子を持っていることが、必ずしも肥満につながるとは限らない。食事や運動など毎日の生活習慣に左右されることが多いからだ。

 クリニックでは遺伝子タイプに応じた食事療法を勧めている。例えば、血圧が上昇しやすい遺伝子を持つ人の場合、1日の食塩摂取量を通常の人の目安より少ない6グラム以下に抑える。脂肪が燃焼しにくければ1日100〜200キロカロリー減らすといった具合だ。

 研究所の強みは40年以上にわたってクリニックが蓄積してきた3000人を超える個人データにある。膨大なカルテは全て保存してあり、いつでも参照でき、最新の食事メニューや運動療法に生かされている。

 食事療法による健康への影響は短期間では検証が難しいが、ここでは数十年前に受講した人を追跡調査することで、研究の精度を高めている。

(以下略)

 人はそれぞれ、大きな異常や障害を示さないまでも、遺伝子にほんの少しの「違い」を持っています。この「遺伝子型」の違いが、「遺伝子多型」と呼ばれており、薬の効き方や副作用の違いなどに影響しています。

 「栄養」もまさに同じで、個人の「遺伝子多型」によって栄養素の必要量は異なります。

 上の日経の記事のように、高血圧や肥満になりやすい遺伝的な特徴を持った人であれば、その発症を少しでも遅らせる食の設計が必要です。その基盤が今、着実に整備されつつあります。

 次は、私個人の「遺伝子多型」のお話でもしましょう。

*1:[http://www.nikkei.com/article/DGXDZO47908750R31C12A0TCQ000/?bu=BFBD9496EABAB5E6B39EB5A1A2EBA0BFA39E9D84A5A4EBB3A8BCFDE794BCB68196A781B4B19187ABA1BEF9B686E3A8E69B969DBCE7E6B48699B382BAE4AAA2A6868586E0A7A795AABC9BE095A0E0F9948AE295E0859C99A69B9EAA83A2A788E2E497BA839CE39097E2BC8BA796E6B09DBFE3E7E2E29D9E9FB993E59FE3EAB397A0B598E4919982A59999E5BBBDB5A7BB9F94E6B4A696999C888491EBBD88A3B3B59882A6969695E09F9387BF9AE5979EB695E29DB1A4BAE194BF99B785B0989FA09CA1BCB3B7869593B7A5E1F9B0AA94BEB096A5B9BE8B8A9D8BE7A7F9EA958399E39FE5A1A7A39ABBA886E1BDAAE09EE09E9890F9EABDF9A3BAA7BD95B6EAB4BC8195B0B0B986A6EBB1E6B799859DE69786B5999DE6B3B1958A9F99F9E295F996E3B8A291A2BEEBE1A380F99A8BAB84A7E0E6BE81A3B7A3E0BDE187E4839C9C99A78785B38182EBA8E5BCE6BFB4A2A8BCA597E3B9AB9DA483B39490E0F9BA84919A9886FDB7A4ABB59697EF&cg=28:title=女子栄養大 栄養科学研究所 食事療法、遺伝子型別に ]:日本経済新聞。