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夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

ヘストン・ブルメンタールの「料理と科学」 科学実験好きな料理人

食の科学 分子ガストロノミー・分子美食学 分子料理・分子調理 料理・調理

 科学的な調理法を使う料理人として、「エル・ブリ」のフェラン・アドリアと同様に有名なのが、ヘストン・ブルメンタールでしょう。

 ヘストン・ブルメンタールはイギリス生まれで、ロンドン西部のバークシャーにあるレストラン「ファット・ダック」のシェフです。「ファット・ダック」は、2004年にミシュランで3つ星を獲得しており、2005年には業界誌の選ぶ「世界のレストラン・ベスト50」でトップに輝いています(2009年には、生ガキでノロウイルスの食中毒を起こした不名誉もあり)。

 ブルメンタールが科学的調理法をふんだんに駆使した斬新なメニューを開発しているのはアドリアと同じですが、私が違うなと感じる部分は、ブルメンタールの「科学への興味度と貢献度」です。

 アドリアが新しい料理を開発する場所を“アトリエ”と呼んでいるのに対し、ブルメンタールの場合は“研究室”であることも、ブルメンタールが芸術よりも科学に近いということがわかります。

 アドリアの故郷であるスペインのカタルーニャ地方が、ガウディ、ピカソを生んだ芸術の国であるのに対し、ブルメンタールの故郷であるイギリスのイングランドは、ファラデー、ニュートンを生んだ科学の国であるとことが、お互いの料理のエッセンスにあらわれているように感じます。

 ブルメンタールは、料理人であるにもかかわらず、大学の教授らと共同研究して科学論文を出しているばかりか、調理への科学的なアプローチの点が認められ、複数の大学から名誉学位の称号を取得しています。

 以下、ヘストン・ブルメンタールの「料理と科学」をさらに理解する上での3つの「エキス」を抽出します。

科学本のような料理本

 ブルメンタールの“料理本”である「The Fat Duck Cookbook」が実に面白いです。

 2008年に発売されたこの本は、大きく3部構成になっています。最初の第一部は、ブルメンタールの経歴や「ファット・ダック」の歴史が、第二部ではレシピが、そして、第三部では、普通の料理本ではまず見ることのない「料理の科学」が書かれています。

 第三部で調理器具やテクニックなども書かれていますが、調理遠具が、普通の調理遠具ではなく、大学の実験室で使うような、ろ過装置や遠心機、ロータリーエバポレーターなども載っていました。

 普段、実験で使っている身としては、「これをレストランで使うのか!」という感じです。

 また、彼の共同研究者による「料理の科学」の寄稿エッセイなどもあって、料理本の体裁なのに、後半がやけに科学寄りになっていて、私には興味深い内容となっています。

 全体的に、イラストやデザインも実に斬新で、私の好きな料理本というか科学本の一冊です。

多感覚料理

 ブルメンタールの料理は、「多感覚料理」と言われています。

 「風味」を感じる味覚・嗅覚はもちろんおいしい料理に必要不可欠ですが、さらにマルチな感覚に訴えるというもので、その代表的な料理が、「Sound of the Sea(海の音色)」でしょう。

 「聴覚」がいかに味に影響を与えるか科学的な研究を重ねて作られた料理で、カキ、ハマグリ、ムール貝、海藻などの海の幸を使った料理に「iPod」が“添えられて”います。

 お客にiPodで波の音を聞いてもらいながら、シーフードを堪能してもらうという、革新的な料理です。

 意外性、話題性だけと感じるかもしれませんが、体験すると「おいしさ」がいかに多感覚的なものなのか分かるのかもしれません。

キッチン・ケミストリー

 2005年にディスカバリーチャンネルで、ブルメンタールによる「キッチン・ケミストリー Kitchen Chemistry」というテレビ番組が放送されました。

 さらに、英国王立化学協会 Royal Society of Chemistryによって、同タイトルの書籍も出版されています。私も持っていますが、実に「教育書」として最適なのです。

 現在、子供たちの理科離れがいわれていますが、「食べもの」に関しては毎日口にするものですから、男の子、女の子問わず、みんな興味があるのでしょう。

 食べもののTV番組が氾濫しているように、老若男女を問わず、多くの人が食べもの、特に「料理」には文字通り”食い付き”ます。その料理を科学的に調べることは、物事の新しいことを知りたいという「知的好奇心」を揺さぶるのに格好の材料なのではないかと思っています。

 「お肉の化学」、「アイスクリームの化学」、「ゼリーの化学」など”料理の化学”に対して興味をもつ人は相当な割合でいるのではないかでしょうか。

 実際、その「キッチン・ケミストリー」本は、多くのイギリスの学校などで配布されてます。

 ブルメンタールは、おいしい料理を作るために、数々の実験とサイエンスに基づいた理詰めで考える「科学に非常に精通した料理人」であると言えるでしょう。

 ブルメンタールが「科学に精通した料理人」であれば、「料理に精通した科学者」はだれか。エルヴェ・ティスでしょうか。私も後者になりたいと思っています。

 おわり。

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