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夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

エルヴェ・ティスの「料理と科学」 料理が好き過ぎた物理化学者

 エルヴェ・ティスは、パリにあるフランス国立農業研究所の研究者で、調理のプロセスにおける物理化学的な研究で知られています。

 私が、彼を初めて知ったのは、『フランス料理の「なぜ」に答える』という本でした。

 ティスが著者であるその本の帯には、

料理には科学も必要です。
レシピに科学的な解釈を加えれば料理はもっとおいしくなる
フランスで人気の物理化学者が料理の謎に科学の面からアプローチ

と書かれています。

 大学時代、「生体物理化学」という研究室に属し、自宅で自分で料理を作ることをこよなく愛していた私にとって、買わない理由が見つからない本でした。

 その中に書かれていた「私たちがスフレの中心温度よりも、惑星や太陽の中心温度のほうをよく知っているのは奇妙なことである」という一文が、印象に残っています。

 ティスの「料理と科学」における立ち位置は、同じ科学者なので、とても明快です。ティスの興味は、これまでの「おいしい料理の決まりごとを科学的に解釈すること」にあります。

 料理や調理の「真理」を追求することが最重要事項であり、新しい料理の開発などはその次のステップのように私には感じられます。

 その科学的な解釈があれば、応用として、料理の失敗を未然に防ぐことができ、調理器具の技術のコツを変更させることができ、自由で創造的な料理が作れるということでしょう。

  以下、エルヴェ・ティスの「料理と科学」をさらに理解する上での3つの「エキス」を抽出してみます。

分子ガストロノミーとは何か

 ティスは、ニコラス・クルティらとともに、1992年に「分子および物理ガストロノミーに関するワークショップ」というものを開催しています。ティスは当時から「分子ガストロノミー」という名前を提唱していました。

 分子という名称には、化学的、物理的(さらに分子生物学の発展からミクロな生物学的も?)という意味があり、分子ガストロノミーには、それらの科学的視点でガストロノミー(美食学)を切る意味が込められています。

 そのため、分子ガストロノミーとは、科学的な手法を使って新しい調理の生み出すものではなく、「調理プロセスの中に観察される現象のメカニズムを解き明かすこと」とティスは自ら語っています。

分子ガストロノミー vs. 食品科学・調理科学

 分子ガストロノミーは、これまでの食品科学と何が違うかというと、食品科学はどちらかと言えば“素材重視”なのに対し、分子ガストロノミーは“料理重視”なところでしょう。

 さらに、分子ガストロノミーと調理科学は、かなり似ているますが、調理科学は「食材の可食化」のイメージが強いのに対し、分子ガストロノミーはさらに「“おいしく”可食化」する意味合いが強いように思います。

 さらに、食品科学は大きな産業向けであるのに対し、分子ガストロノミーと調理科学は個人向けであると言えます。

 ティスは、「分子ガストロノミーは食品科学の部分集合」と言っています。すなわち、分子ガストロノミーは食品科学の一分野であるということです。

ピエール・ガニェール

 ティスには、大切なパートナーである三ツ星シェフピエール・ガニェールがいます。

 「料理は芸術である」という共通理念のもとに、お互いが刺激を与え、そして受けあっています。二人の著書「料理革命」からもよく伝わって来ます。

 「料理と科学の出会い」というのは、「”料理人”と”科学者”の出会い」でもあります。

 しかし、私は思うのです。二人ではなく一人で「料理と科学」の融合はできないかと。すなわち、「料理がプロ並みの科学者」、または「科学に精通した料理人」でしょうか。

 「科学に精通した料理人」に最も近いのが、ヘストン・ブルメンタールではないかと思っています。

 次回、ヘストン・ブルメンタールの「料理と科学」について書いてみます。

 つづく。

参考図書