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夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

奴隷制度から生まれたブラジルの国民料理

 サンパウロ日系ブラジル人の方に街の市場を案内して頂いている時、ブラジルの国民的料理である「フェイジョアーダ」の話になりました。

 「地球の歩き方」に次のように載っていたので、私もその料理のことなんとなくは知っていました。

フェイジョアーダ Feijioada
塩付にした牛肉や豚肉のおもに骨についた部分や、耳やスネ肉などの部分を、黒豆と煮込んだ料理。煮豆と肉が別皿に盛られている場合もある。

(写真:http://ja.wikipedia.org/wiki/フェジョアーダより)

 「歩き方」に書いていなかった情報も教えて頂きました。私は、そのことに強く興味をひかれました。

 「フェイジョアーダは、もともとアフリカから連れて来られた奴隷の料理で、農場主が食べない部分のお肉、内臓とか、耳、鼻、足、尻尾の肉なんかを使って作られたのが始まりなんです。」とのこと。

 「今晩、食べてみようかな」と私がつぶやくと、「だめだめ。フェイジョアーダは、水曜か土曜の昼にしか食べないの。ものすごく味が濃いので、毎日お店で出すわけではないんです。」とその方は解説してくれました。

 もともと奴隷が過酷な労働によって汗を大量かくため、濃くて塩味のきつい料理が求められたのでしょう。

 強制労働のなか、食べずに捨てられたり、見向きもされなかった食材を工夫して生まれた“魂の料理”が、このフェイジョアーダなのかもしれません。そんな「ソウルフード」、無性に食べたくなりました。

 奴隷出身の料理と聞いて、以前読んだある本のことをふと思い出しました。

被差別の食卓 (新潮新書)

 「被差別の食卓」という世界各地の被差別の民が作り上げた数々の料理を、大阪の被差別部落出身の著者が紹介する本です。

 日本に戻ってから、この本を読み返してみるとこのフェイジョアーダのことがまさに書いてありました。第2章に「奴隷たちの楽園―ブラジル(国民料理は奴隷料理ほか)」と。

 ブラジルの歴史をひもとくと、サルバドルという大西洋に面した場所にポルトガル王国直轄の総督府がおかれたのが1549年のこと。同じころにアフリカの植民地から奴隷の移動が始まり、その奴隷制は1888年まで約300年もの間続いていました。

 奴隷たちは、ヨーロッパ系の白人の経営する農場で働き、奴隷の女性たちは農場主の子供たちを産み、白人と黒人の混血である「ムラート」のルーツとなりました。現在のブラジルの民族構成は、白人55%、混血ムラート38%、黒人6%、アジア系ほか先住民1%となっています。

 一般にブラジルは「人種差別のない国」といわれていますが、それは、白人と黒人の混血のムラートの存在が大きいようです。ムラートが、相互人種間のクッションになっています。

 そんな多民族国家のブラジルで、ロンドン・オリンピック中に「人種差別騒動」が起きていました。

「黒人だから…」負けた選手に差別のつぶやき

 2016年に次回夏季五輪リオデジャネイロで開催するブラジルで、五輪代表選手を巡る「人種差別騒動」が起きている。

 地元メディアによると、先月30日のロンドン五輪女子柔道57キロ級に出場したラファエラ・シルバ選手(20)が2回戦で敗退した後、同選手を中傷するコメントが簡易投稿サイト「ツイッター」に多数書き込まれた。「負けるために何年も準備したのか」といった内容に加え、「黒人だから劣っている」など、肌の色を露骨に差別する発言が含まれていた。

(以下略)

(2012年8月2日08時32分 読売新聞)

 人種差別の根深さを垣間見た気分でした。

 Wikipediaフェイジョアーダの説明をみてみたら、「奴隷が考案した」という説には異論もあるようです。「支配者層がヨーロッパより豆を使った煮込料理を持ち込み、南米で調達しやすい材料で代用したものが、家事奴隷などによって庶民に広がったもの」という別の説も書いてありました。

 白人と黒人の混血のムラートのように、白人の食文化と黒人の食習慣などが融合して、ブラジル国民食フェイジョアーダが誕生したという説の方が、私にはなんとなく説得力があるように感じられます。

 人種差別は世の中から心底なくなってほしいと思っていますが、現実、その根絶はきっと難しいのでしょう。もともとからだの病気を予防する“免疫系”などは、「自己」と「非自己」を“区別”することがその基本です。ヒトというか生きものは元来「区別」をしたがるものなのでしょう。

 しかし、違った人種、違った文化が交差する所にこそ、新しいものが誕生する下地が出来上がるのだと思います。

 人種差別、文化間の衝突など負の面があっても、それを乗り越えた先には、違うもの同士が出会うことによる化学反応によって、さまざまな混沌、葛藤、切迫、団結から生まれる新しい文化の誕生、そして誰も見たことのない料理の発明のような「マイナスを凌駕するプラスの可能性がある」と私は信じたいのです。

 みんなを幸せにするおいしい料理が、奴隷出身であろうが貴族出身であろうが、そんなことはまったく関係ありません。

 2014年にサッカーワールドカップ、2016年にオリンピックという2大スポーツイベントが、そのブラジルで控えています。

 「建物の建設が全く進んでいないのに、本当にできるのかしら」と案内してくれた日系人の方はおっしゃっていましたが、今後ますます、日本そして世界から南米ブラジルに熱い視線が注がれることでしょう。

 次にブラジルに行った時は、今回食べられなかった本場のフェイジョアーダをじっくりと噛みしめながらいだたきたいと思っています。