夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

「そば粉製品≒めんのそば」なのはなぜか?

 前のブログで『一日三食そばでもいい「そば喰い」にとって、…』と書きましたが*1、そば好きの多くは、「麺の蕎麦“切りそば”が好き」という意味であって、決して「そば粉をお湯で練った“そばがき”が好き」というわけではないでしょう。

 先日、私が担当している食品学系の講義で米や小麦、トウモロコシ、そしてソバなどの穀類の話をしました。そこで、講義の終わりに毎回行なっている小テストで、

小麦やトウモロコシからはさまざまな加工食品が生まれているのに、なぜそば粉からは切りそば(麺のそば)一辺倒なのか、解説しなさい

という問題を出しました。

 いくつか「解答例」を見てみましょう。

色が悪いから
    • そば粉の色が黒っぽいので、麺以外のものを作っても、あまりおいしそうに見えないから。
    • 皮ごと製粉すると黒い粒が残ってしまい、清潔志向の強い日本人には異物のように見えるから。

 確かに、ふつうのそば粉は、小麦粉やコーンスターチのように白くはありませんね。

 そば粉は製粉やふるい分けにより純度の高い一番粉から、二番粉、三番粉、純度の低い末粉に分けられます。「更科そば」の更科粉は、一番粉を主体とした白っぽい色をしていますが、量は限られます。

値段が高いから
    • そば粉は元々の原料費が高いため。
    • 小麦やトウモロコシは、ソバよりも圧倒的に安価であるから。

 そば粉の末端価格は、国内産であれば1kgあたり1,000~2,000円程度、中国産や北米産であってもその半額程度でしょう。

 それに対して小麦粉はスーパーなどで、1kgあたり200円、300円程度で売られていますから、その価格差たるや歴然です。

 やや話がそれますが、スーパーで売られている乾麺のそばの袋を手に取り裏の原材料名をみると、ほとんどの製品がそば粉よりも小麦粉が先に書かれていることでしょう。これは小麦粉が原料の中で一番使われていることを意味しています。

 前のブログでも書きましたが、「そば」と謳っていても実はメインが小麦粉で、そばがむしろ「つなぎ」程度になっている場合が実に多いのです*2*3

 経済的な理由で、そば粉利用の範囲が限定されることはあるでしょうね。

加工特性が低いから
    • そば粉があまり加工に適さないため。
    • 小麦のようにグルテンを含まないため、膨らんだり弾性のある製品を作るのが難しいから。

 穀類の加工特性を考える上で、穀類中のタンパク質の種類とその含量はとても重要です。

 小麦、トウモロコシ、そば粉の各タンパク質の割合(%)を、アルブミン(水可溶性)、グロブリン(塩可溶性)、プロラミン(アルコール可溶性)、グルテリン(酸、アルカリ可溶性)別でみると次の表のようになります。

穀類の種類 アルブミン グロブリン プロラミン グルテリン
小麦 11 3.4 33 47
トウモロコシ - 5 50 45
ソバ 5 50 5 40

(食品学、東京化学同人より)

 小麦の場合、グロブリンタンパク質のグリアジンとグルテリンタンパク質のグルテニンの割合が絶妙で、それらが絡みあったものがグルテンとなり、パン生地などに最適な弾力をもたらします。

 しかし、そば粉の場合、そのタンパク質の組成から、グルテンのような構造ができにくいため粘性が低くなります。加工特性が低いことは、直接的にそば粉製品が少ない理由の一つとなるでしょう。

貯蔵性が低いから
    • そば粉は貯蔵性が低いため。
    • そば粉は、胚、糊粉層も挽き込まれるため、酵素が多く含まれ、変質しやすく貯蔵性に劣るため。

 そうですね。私が配布した資料にそう書いてありましたね。

 胚などに含まれるアミラーゼ、マルターゼ、リパーゼ、プロテアーゼ、オキシダーゼなどの酵素が貯蔵中に働き、劣化することが、そば粉の利用性を低くしているのかもしれません。

そばアレルギーになるから
    • そばを食べると、アレルギーになる人が多いから。
    • そばアレルギーは小麦アレルギーよりも重い症状が出るから。

 んー、これは、どうでしょうか。

 厚生科学研究食物アレルギー全国モニタリング調査の結果*4によると、食物アレルギーの原因食品は以下のようになっています。

食物アレルギー原因食品 %
鶏卵 38.3
乳製品 15.9
小麦 8.0
甲殻類 6.2
果物 5.7
そば 4.4
魚類 4.4
ピーナッツ 2.8
魚卵 2.5
大豆 2.0

(n=3882)

 さらに、重篤な症状を引き起こすアナフィラキシーの原因食品は次の通り。

アナフィラキシー原因食品 %
鶏卵 25
乳製品 21
小麦 17
そば 7
果物 6
甲殻類 5
ピーナッツ 4

(n=423)

 上の表を見る限り、そばが小麦よりもアレルギーになりやすいというよりむしろそばよりも小麦アレルギーの方が多く、さらにアナフィラキシーショックを引き起こす事例も多いようです。

 さらに小麦の場合、セリアック病と呼ばれる、小麦や大麦タンパク質に対して起こる自己免疫疾患が知られています。

 この理由は、ちょっと違いますね。

味や香りが主張しすぎているから
    • そば粉はそばの風味や味の印象が強く、合う味が限定されてしまうから。
    • そば粉は、「オールラウンダー」ではないから。

 そば粉は確かに、味や香りの主張は、小麦粉より強いですね。

 主食の条件として、「淡白で飽きがこない」ということはかなり重要です。

 小麦粉からうどんやパスタができるのとは違って、そばの美味しさにとって欠かせないあの味と香りが主食になることを妨げ、それがそば粉加工品が生まれにくい要因となっているのかもしれません。

めんのそばがおいしすぎるから
    • そば粉は、そばにして食べるのが結局一番おいしいから。
    • 切りそばが、完成された食べものだから。

 海外の一部の国や地域では、そば粉がガレットやパンなどに用いられていますが、日本では圧倒的にそば粉製品は「切りそば」です。

 この切りそばの製造工程、すなわち「そば打ち」のプロセスはかなり高度な「職人的調理法」といえます。いわば、そばは世界で最も進んだ麺の加工方法であるといえるでしょう。

 あまりに「切りそばが完成された食べものである」ことが、他のそば粉製品が出てこない最大の理由なのかもしれませんね。


 以下、私の手持ちのそば関連本。↓

そば学大全―日本と世界のソバ食文化 (平凡社新書) [asin:4490106041:image] [asin:4480056882:image] ソバ屋で憩う

*1:[http://d.hatena.ne.jp/yashoku/20120521/p1:title=板そば、寒晒しそば、冷たい肉そば@山形] - 食品研究者の夜食日記

*2:[http://d.hatena.ne.jp/yashoku/20090503/p1:title=「そば入りそうめん」ではなく「そば」が食べたいのです] - 食品研究者の夜食日記

*3:[http://d.hatena.ne.jp/yashoku/20090504/p1:title=そば粉が何%入っていれば「そば」といえるのか?] - 食品研究者の夜食日記

*4:[http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/05/s0531-8a.html:title=アレルギー物質を含む食品表示制度に関して]