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夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

料理を“ワッフル化”する 〜エピローグ〜

 前回のつづき。

 プロローグで始まった「料理を“ワッフル化”する」の一連のブログ。このエピローグで締めたいと思います。

電気店に残された「たこ焼き器」

 3.11東日本大震災で被災し、ライフラインが断たれた後の話から。

 ライフライン途絶後、私の家は電気や水道が1週間くらいで復旧しましたが、都市ガスの復旧にはだいぶ時間がかかっていました。そんな中、仙台駅前の大型電気店に行った時、電子レンジやホットプレート、湯沸かしポットなどが棚から軒並み消え去っていました。

 都市ガスが使えない仙台市民が、それらの電化製品で調理してる姿が容易に想像できました。

 また、奥様の号令のもと、旦那様、お子様2人のご家族が、計4台の同じ電気ポットを購入している風景も見かけました。同じ境遇の私には十二分にわかりました。それらでお風呂にお湯を入れるのだろうということを…。

 電器店の棚に残っていた調理器具は、「たこ焼き器」だけでした。

 わが家には、震災時、電子レンジもガスコンロもあったので、何とか料理は作れていました。しかし、「もし、通電後、家に調理器具がいっさいなくて、たこ焼き器だけだったら、いったい何が作れる?」とその時ふと思ったのでした。

 わが家にたこ焼き器はありませんでしたが、震災からしばらく経ってから「ワッフルメーカー」があったことを思い出しました。そして、ある程度まとまった時間がある時に、ワッフルメーカーでワッフル以外のものを作ってみようとぼんやりと考えていました。

 それを実際に実行に移せたのが、今回のGWだったわけです。

固定観念の恐ろしさ

 人の頭は、「たこ焼き器」といわれればたこ焼きを焼くもの、「ワッフルメーカー」といわれればワッフルを焼くものと何となく思ってしまうものです。

 専門道具はそれ専用という考えに陥り、それ以外の用途が意外と思い浮かばなかったり、専門外の用途に使用すると違和感を感じてしまうのでしょう。このワッフル化のブログに対する“リアクション”からもそれをひしひしと感じます。

 ある方から聞いたお話で、こんな話がありました。

 日本のある場所に台風が襲来し、高校生ぐらいの子たちだけが近くの建物に避難し、しばらく外部と隔離された状態になりました。すぐに食べれる食料がなく、救援が来るまで、停電の中、何日間も何も食べず空腹のままいたそうです。その建物には、米を炊くのにじゅうぶんな水や鍋やガスなどがあったにもかかわらずです、と。

 「ごはん=炊飯器で炊くもの」という発想である限り、鍋でごはんが炊けるとか、空き缶でもごはんが炊けるとは思いもよらないのかもしれません。

 固定観念の恐ろしさを感じます。

 サイエンスの世界で、最も怖いものの一つが、思い込み、固定観念、ステレオタイプ思考でしょう。固定観念は、大事な発見を見過ごさせ、真実から目を逸らさせ、真理をすっぽりと覆い隠します。

 私も油断すると、「そういうもんだよね」という“知ったかぶり教”や“わかったふり教”に飲み込まれます。

 今回のワッフル化による“息抜き”で、私は「ワッフルメーカーでこんなものが作れるんだ」という可能性を感じたかったのと同時に、「ワッフルメーカーはワッフルを焼く専用」という固定観念をゆるーく打破したかったのです。

新しい道具が、新しい発見や発想を生み出す

 ワッフルメーカーで様々な料理や食材をワッフル化していくにつれ、この調理器具を発明した人へのリスペクト度が増していくのをじわりじわり感じていました。

 凹凸のある金属板で上下にはさみながら焼くという、一見単純そうに思えますが、発想的にも技術的にも、思いつきそうでなかなか出てこないアイデアです。

 優れた調理方法だからこそ、たくさんのスイーツが絶えず開発されている現在でも、ワッフルは今も無くならずに存在しているのでしょう。

 また、ワッフル板の突起の大きさ、高さ、形などを変えたり、さまざまな食材に合ったワッフル板の使用によって、無限の料理の発明が考えられます。ワッフル板の金属の材質や、熱源の種類によってもできあがる料理は大きく変わってくるでしょう。

 ワッフルメーカーは「焼く」という調理器具のなかで、プレスしながら“立体焼き”または“3D焼き”し、横に隙間が空いていることによって“蒸し焼き”にもするという実にユニークな特徴を有していることがわかりました。

 現代の科学の世界での大発見には、新しい実験機器の開発や発展などが不可欠です。新しい測定機器の発明によって、それまで誰にも見えなかったものが“可視化”され、誰にもわからなかったことがわかってくるのです。

 料理の世界も同様に、新しい道具によって、新しい料理が発明されてきました。

 料理に使われていなかった科学実験的手法などを料理の世界に導入することで、これまで誰も見たことのない料理が生まれています。液体窒素などを使う現在の「分子料理」「分子調理」とよばれる調理方法がまさにその一例でしょう。

 新しい料理の発明は、発明する人の斬新な発想によるところもありますが、新しい道具の導入や、これまでになかった道具と食材の遭遇によって生み出される可能性がむしろ高いような気がします。

 それは、サイエンスの分野でも同じでしょう。

 ウチのワッフルメーカー、だいぶ酷使してきました…。しばらく休んでもらいましょう。

 もしわが家にたこ焼き器が“導入”されたら、料理の一連の“たこ焼き化”が始まるかもしれません。きっとまた、紅鮭の切り身なんかをたこ焼き器で焼きはじめるのでしょう。そんな時は、またお気楽にお付き合い下さい。

 おわり。