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夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

「3.11 キヲクのキロク」市民が撮った3.11大震災

 上梓する「大震災を生き抜くための食事学」の巻頭カラーページで写真を提供して頂いたNPO法人20世紀アーカイブ仙台さんが、それらの写真が載った「3.11 キヲクのキロク」という写真集を発刊しました。

 発行日の本日、仙台駅前の丸善に行って購入してきました。


 地震の被害や沿岸部の津波の被害に関する写真はすでに数多く出版されていますが、「3.11 キヲクのキロク」は「市民が撮った3.11大震災 記憶の記録」とあるように、 「あのとき」の市民目線の写真集です。

 私はやはり、「食」の写真に目が止まりました。「停電の中、ろうそくを灯して夕食」、「食料品がまったく置かれていないコンビニ」、「買い出しの列。3時間半ならんでやっと入店」、「東京の娘から届いた支援物資」など。

 私は震災後、自分の職場、自分の家、自分の食べた食事などの写真は撮りましたが、街の写真は1枚も撮りませんでした。正確言うと、撮れませんでした。

 「記録として写真は撮っておくべきかな」と思いましたが、あの時はアタマが撮ってはいけないというシグナルを出しました。また、写真を撮ることで“当事者”から、“部外者”になってしまうのもきっと恐れていたのでしょう。

 あの時の記憶は、まだ私のアタマに鮮明に残っていますが、あらためて「3.11 キヲクのキロク」の写真を見ると、いろいろ気持ちが沸き起こり、揺さぶられます。復興に向けて頑張ろうという「プラス面」とイヤな記憶を思い出させる「マイナス面」、両方です。

 「3.11 キヲクのキロク」のあとがきに、このように書かれています。

震災から約1年。未だ復旧もおぼつかず、あの恐怖の体験は誰もが忘れたい記憶です。これらの記録は、もしかしたら、今はまだ必要のない資料かもしれません。しかし、報道が伝えきれない震災の事実を映し残すことで、防災意識をつなぎ止め、記録遺産として後世に伝えていくこと。復興までの道程の証として、伝えていくことこそが、被災地の人間の役割だと思っています。
(抜粋)

 そう、復興はまだ始まったばかりです。今後も引き続き活動を続けて頂きたいと思います。陰ながら応援させて頂きます。

「3.11キヲクのキロク」市民が撮った3.11大震災 記憶の記録

「3.11キヲクのキロク」市民が撮った3.11大震災 記憶の記録