夜食日記

分子調理学者。料理・調理のメカニズムを研究する大学教授。著書に『料理と科学のおいしい出会い』(化学同人)、共訳書に『The Kitchen as Laboratory』(講談社)など。分子料理・分子調理ラボ(http://molecular-cooking-lab.net)を主宰。関心は「食×科学×芸術」。

食と放射性物質の問題 〜何を信じたらいいのかわからない世の中で、唯一“はっきり”言えること〜

 食と放射性物質の問題に関しては、「政府が放射性物質に関する情報を隠しているかもしれない」という不安を抱いている方が多いのではないかと思います。

 食品は自分の体の中に入れるものですから、「信頼」が不可欠です。食品中の放射性セシウムの規制値が2012年4月から引き下げられることが決まりましたが、国が規制値をこのように変えたり、政府がちょっとでも情報を後出しすると、信頼は簡単に失墜します。

 リスク分析(リスクアナリシス)は、「科学的なリスク評価(リスクアセスメント)だけでなく、政策ベースのリスク管理(リスクマネジメント)と、それらを包括する情報交換やチェックリストとしてのリスクコミュニケーションが一体として有効に働く枠組みを構築すること」とされています。

 すなわち、食の安全・安心は、「科学」だけで論じてもだめですし、「政策」本位でもだめです。食の安全・安心を各個人が自分の問題として捉え、国民全体で話し合い、考えていくかというプロセスこそが大切です。

 放射性物質セシウムの規制値は、これまでの経験を科学的に整理して導き出されたものでしょう。すなわち、規制値の考え方は、「規制値以下の放射性セシウムは、それ以下のものと比べて、ヒトの健康に及ぼす影響におそらく違いは、これまでのデータを調べた範囲内では統計的に有意差はないと考えていいだろう」ということです。

 だいぶ曖昧でまどろっこしい表現だと思われるかもしれませんが、科学の世界ではっきりと言えることは、むしろ少ないのです。これまでの蓄積データ内で「慎重に」言うことが、誠実であるといえます。

 放射性物質のリスクや安全に関して、「安全なのか、危ないのか」「白なのか、黒なのか」はっきりさせたいという風潮を感じますが、世の中はっきりしているものなどないと考えたほうがスタンダードでしょう。

 むしろ、白黒、極端に考えることは大変危険なことです。特に人は不安を感じると、自分がわかる範囲の単純な方の理解に流れます。

 例えば、放射性物質に大きな不安を抱いている時、目の前に「放射性物質を体外に排出させるサプリメント」を出されたりすると、科学的なデータが不十分であっても簡単に騙されてしまう可能性も出てくるでしょう。

 はっきりとは言えない科学者が唯一はっきりと言えることは、「絶対危ない」とか「絶対大丈夫とか」とか「この食品が必ず効きます」とか言い切る人ほど怪しく、そして誠実ではないということです。

 食品に含まれる放射性物質が人でどのような影響を及ぼすか、科学者は全部わからないでしょうし、誰にもわからないでしょう。ましてや、長期間の放射性物質の摂取は誰にもわかりません。

 しかし、私たちは、食と放射性物質の問題を「国が考えることだ」、「専門家に考えてもうらおう」とか、「めんどくさいから、考えるのをやめよう」とか、投げ出すのではなく、行政も、科学者も、一般市民がみんなで考えていく「姿勢」が大事ではないかと思うのです。