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夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

野菜と米と牛と花と

食と震災 食材 食と環境 食と社会 食の安全安心

 お盆に実家の福島に帰りました。

 そこに住む母と祖母、近くに住む姉と話したことは、原発による放射能汚染に関することがほとんどでした。福島県民のほどんどの方がそうでしょうが、見えない放射能におびえながら暮らしていることが実の家族との会話からより鮮明にわかりました。

 実家ではこれまで自分の家で食べるぶんくらいの野菜を庭で作っていましたが、今年は完全に断念したとのことです。野菜作りは祖母の趣味でもありましたが、おそらく彼女が生きてきた80年以上の人生の中でも、野菜を作らない年というのは初めてのことでしょう。

 実家では米も作っていますが、それが食べられるかどうかも、現時点ではかなりグレーゾーンです。

 4月上旬に政府は、土壌中の放射性セシウムが1キログラム当たり5,000 ベクレル(Bq)を超えた場合、米の作付けを見合わせるよう自治体に指示を出しています。私の実家付近は、セシウムの放射線量が4,900 Bq付近だったらしく、ギリギリ値を下回ったため田植えをしましたが、米に500 Bq/kg以上のセシウムが検出されれば、収穫された米はすべて廃棄されるのでしょう。

 金銭保証されるかどうか明確な説明もないまま、不安だけを抱えて農作物を作らなければならない農家は、心の置き場所をどこに置いたらいいのかわからない状況です。ビジネスパーソンでいうと、誰にも読まれない企画書や、すぐに捨てられる書類を書き続けなければいけないような心境でしょうか。

 また、同じ福島県内の母親の実家は3代続いた酪農家でしたが、先日廃業しました。

 廃業した直接の理由は聞きませんでしたが、セシウムが検出された牛肉の問題も大きくなり、先行きの見通しが立たなかったのでしょう。絞った牛乳をずっと捨て続けなければならなかった時期も、相当心苦しかったに違いありません。

 農業や畜産業に関わる食の生産者にとって一番うれしいことは、消費者に安全な食品を提供し「おいしい」といってもらうことでしょう。それが、仕事をする上での最大のモチベーションのはずです。

 食の生産の現場にいる人間は基本、安全ではないものを無理やり消費者に売ってまでお金を儲けたいとは思わない人種です。そもそもお金をたくさん稼ぎたい人は、日本で農業という職業を選択しないでしょう。

 真面目に長年土地を改良し消費者のために安全な農作物を作ってきた農家や、地道に品種改良やPRを重ねブランド牛などを作ってきた酪農家ほど、今回の原発事故によって、それまでの努力を叩き潰され、やる気を根こそぎ奪い取られてしまっているように私には見えます。

 天災ならまだ「しょうがない」と納得できるかもしれませんが、原発事故はもはや人災ですので「どうして何も悪いことをしていないのに、こんな目にあわなければならないのか」という気持ちが沸き起こってくるのは当前です。

 放射性物質の土壌汚染による将来のビジョンが見えない中でも、大きな声を出さず、じっと我慢して耐えてしまうのが福島県民の体質なのかもしれません。

 ものすごい「大罪」が、私たちが生きている21世紀のこの日本で起きたのだとつくづく思います。

 姉が職場から放射線の線量計を借りていました。測ってみると、実家の室内で1時間あたり0.7 マイクロシーベルト(μSv)、庭が1.7 μSvの値でした。文部科学省は、学校などで許容される放射線量の1時間の限度を3.8 μSvとしています。

 国際原子力機関IAEAの放射線量の安全基準は、他の基準値と比べて厳しく、年間被爆限度が1 ミリシーベルト(mSv)です。我が実家の外の放射線量の年間値は、計算すると1.5 mSvであり、IAEAの許容値を優に超えています。

 人はずっと屋外にいることはなく、また、自然の放射線もたくさん浴びているのは十分わかっていますが、そこに住んでいる人にとって放射線量の「値」は、安全な場所にいる人間には想像できないほど重大なストレスとなっています。

 そのストレスをよく感じたのが、母親が会話の中でよく使っていた「気持ち悪い」という言葉でした。「自分の庭で採れた野菜が気持ち悪い」、「福島県産の食品が気持ち悪い」と。

 見えない放射性物質が相手であり、親は科学的な素養も持ち合わせていないので、なんか気持ち悪いと感じるのはある種仕方ないことです。しかし、自分の生まれ育った土地を「気持ち悪い」と思ってしまうことに何とも言い表せない感情を感じました。

 今、実家では野菜の代わりに花を植えています。特に放射性物質のセシウムを取り込むというひまわりを大量に植えていました。実家の周りの道端でも大量のひまわりが太陽に向かって大輪の花を咲かせていました。

 私はひまわりのセシウム除去効果には懐疑的ですが、そのひまわりに福島で明るくいつまでも咲いてほしいと願った今年のお盆でした。