夜食日記

分子調理学者。料理・調理のメカニズムを研究する大学教授。著書に『料理と科学のおいしい出会い』(化学同人)、共訳書に『The Kitchen as Laboratory』(講談社)など。分子料理・分子調理ラボ(http://molecular-cooking-lab.net)を主宰。関心は「食×科学×芸術」。

災害時だからこそ、おいしいものを!

 今回の東日本大震災で被災された地域、また買いだめによる食料品不足が起こった首都圏等では、少なからず「食」の実態が浮き彫りにされたように感じます。

 実際に仙台で被災した一食品研究者として、震災時に食べることの意味、特に食の「おいしさ」についてどのように考えていたのか、忘れないうちに書き留めておきたいと思います。

 地震直後、上空では複数の自衛隊のヘリコプターの爆音が聞こえ、地上では救急車のサイレンが鳴り響く状態では、とにかく生きるためのエネルギーを得ることに必死で、前のブログ*1にも書きましたが、「飴の一つ一つが光り輝く宝石に見える」状態でした。

 次第に震災の情報が入るようになり、東北沿岸部が津波で壊滅的であること、実家のある福島の原発が危険な状態にあることなど、自分ではどうすることもできないストレスが容赦なく襲いかかり、食欲を感じる余裕すらありませんでしたが、食べておかないと今後の自分が“持たない”状態になるのは目にみえていたので、その時はとにかくものを口に押し込んでいました。

 そんな状態でも、温かくして食べた餅やパスタなどで昂ぶる気持ちは鎮まり、春雨スープの元のグルタミン酸で気持ちがいくらか和みました。温かくして食べるものは1°Cでも温かくして、うまみ成分は1mgでも多いものを必死に求めていた自分が今思い出されます。

 特別に大げさなごちそうを求めたわけではなく、普段の食べ慣れた平凡な食事、「温かいご飯とみそ汁、そしてちょっとした魚」を食卓で食べたい、ただそれだけでした。おいしいもので、その日の疲れをほぐし、明日への希望や頑張る気持ちを沸き立たせたかったのです。

 被災地には、救援物資としてたくさんの「おにぎり」が遠方から届きました。固く、冷たくなっていても、当然ありがたい貴重な食料品であったことには違いありません。しかし、震災によるストレスで、身体的にも精神的に“まいっている”極限状態だからこそ、「1ミリでもおいしいもの」を「1ミリでもおいしい状態で」食べたいと感じていた方は多かったことでしょう。

 被災地では、震災1ヶ月以上経過した現在でも、1日2食のところがあり、パンやおにぎりが中心で栄養バランスが偏っている避難所があります*2。そのような中で、「おいしい」ものが食べたいと思うのは、「贅沢」であったり「わがまま」といった罪悪感を感じてしまう被災者の方も多いことと思います。遠慮深い東北人ならなおさらです。

 しかし、おいしい食べ物は、気分を落ち着かせるのに必要な「マストアイテム」です。明日への希望を生み出す原動力です。

 今後、そして今現在も、震災後に、心身とも弱った方々にどのようなおいしい食べ物や料理を用意すればよいか、研究する必要性を強く感じています。

 私の研究の専門分野は、分子レベルでの食品学と栄養学です。

 また、分子レベルでのおいしさの研究である「分子ガストロノミー(分子美食学)」をずっと趣味的に行っていました。なぜ趣味的かというと、ガストロノミー(美食学)がグルメと関連して、贅沢とか金持ちの道楽のように感じていたからです。

 しかし、震災後、おいしい食べ物を研究することは、決して贅沢や道楽などではなく、人間が人間らしく優しく生きるのに極めて大事であると身を持って知りました。その点で、私の「ガストロノミー」という言葉への感じ方が、震災前後で大きく変わったといえます。

 GW開けから、延期されていた新学期がやっと始まります、これから分子レベルでのおいしい食べ物や料理の研究を本格的に稼働させ、「1ミリでもおいしいもの」を多くの方に提供する手助けとなればと思っています。

 ↑地震により停電そして通電後、はじめて本格的に作った“料理”は、冷蔵庫に残っていた食材をかき集めて作った「きのこカレー」でした。涙が出るほどおいしかった料理です。

 また、皿をラップで包んで、食事後、水で洗わなくてもいいようにしています。洗い物が嫌いな男子学生の“定番の技”ですね。

*1:[http://d.hatena.ne.jp/yashoku/20110320/p1:title=「震災→日常」への過渡期で思う、“人”や“食”の本質] - 食品研究者の夜食日記

*2:[http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110502/dst11050220410017-n1.htm:title=【東日本大震災】「阪神」より低い宮城の避難所の栄養価 1日2食の所も] - MSN産経ニュース