夜食日記

分子調理学者。料理・調理のメカニズムを研究する大学教授。著書に『料理と科学のおいしい出会い』(化学同人)、共訳書に『The Kitchen as Laboratory』(講談社)など。分子料理・分子調理ラボ(http://molecular-cooking-lab.net)を主宰。関心は「食×科学×芸術」。

宮城大学の災害ボランティア活動で思ったこと

 私の所属する宮城大学では、東日本大震災が起きた3月の末から、災害ボランティア組織を立ち上げ、被災地にボランティアを希望する学生および教職員を継続的に派遣しています。

 先週までは仙台市宮城野区、今日から石巻市へと活動場所を移し、多くの学生達を大学のマイクロバスで送り込んでいます。土日も関係なく、ずっと連日です。私は、今日その引率でした。

 宮城大学には、看護学部、事業構想学部、食産業学部の3学部があります。今日集まったのは、その3学部から学生・教職員あわせて40名程度でしょうか。女子学生が多い学部・学科が多いので、2/3は女子学生でした。

 石巻の災害ボランティアセンターで受付後、センターで依頼された仕事は、住宅街の側溝にたまった「泥かき」でした。

 「側溝の上にある重いコンクリートの“フタ”を外す→その下に高さ20センチほどある汚泥をかき出す→土豪袋につめる→それを道端にまで運ぶ→コンクリートのフタを元に戻す」という作業です。

 汚泥は、びっしりと水分を含んだ真っ黒な塊なので、作業を始めるとあっという間に靴、衣服は汚れていきます。道端は、津波が運んだ土が乾燥して舞い上がり、それが土埃となって全身を襲い、側溝からは悪臭が漂う中の作業です。

 私は、事業構想学部の男子学生とタッグを組み、主にひたすら側溝の重いコンクリートを外す作業をしていました。正味3時間ほどの労働でしたが、「ガラスの腰」を持つ私には、実にハードかつ恐怖の作業でした。明後日くらいに間違いなく、全身に筋肉痛がやってくるでしょう。

 そのタッグを組んだ事業構想学部の男子学生と休憩時間に、ダンボールに座りながらいろいろ話を聞きました。先週からずっとボランティアを続けていること、実家が宮城県沿岸部だということ、今度新4年生だということ、出身高校は石巻の高校だということなど。

 「今、就活はどうしているの」と私が聞くと、

 「もうすぐしたら再開しますが、いま自分がやるべきなのはこれ(ボランティア)かと。間に合わなくても、秋採用があるでしょうし」とさらり答えました。

 また、「以前より増して、地元の宮城を良くしたいという気持ちが一層強くなりました」と静かながらもはっきりと私に話してくれました。

 実家はそれほど被害がなかったと彼は言っていましたが、「被災地での被害がある=家が全壊or全部流出」なので、少なからずの被害はあったはずです。

 それでも、毎日のようにボランティアに駆けつけ、懸命に作業するのは、そうしなければきっと自分の心が収まらないからでしょう。友人にも行方不明者がいると言っていました。

 東北人の私から見ても、東北人はどうしてもアピールがヘタです。基本、口下手です。しかし、一つのことを続けていく粘り強さに長けている人間は間違いなく多いです。

 事業構想学部の彼の静かな熱意は、弱くなることはあるかもしれませんが、おそらく一生消えることはないはずです。あれだけの災害を目の前で見たのですから、当然忘れるはずもありません。

 元々粘り強い人間が、覚悟を決めたら、かなりのものになります。

 私が企業の人事担当だったら、不器用かもしれませんが、熱意が持続する人材は間違いなく採用するでしょう。さらに、連日、泥だらけになりながらも、黙々と重労働を続ける女子学生も是非採りたい人材です。

 顔に泥が付き、フラフラになりながらも作業する彼を見て、熱いエールを贈りたい、そんな気持ちになった一日でした。

 私の次の災害ボランティアの引率は、今度の日曜日となっています。