夜食日記

分子調理学者。料理・調理のメカニズムを研究する大学教授。著書に『料理と科学のおいしい出会い』(化学同人)、共訳書に『The Kitchen as Laboratory』(講談社)など。分子料理・分子調理ラボ(http://molecular-cooking-lab.net)を主宰。関心は「食×科学×芸術」。

世界からの風評被害を耐え抜いた先には

 以前私が書いたブログ「今の日本は、原発事故による風評被害の“被害者”にも“加害者”にもなりうるという現状の中で」が、残念ながら進行しつつあるようです。

 福島ナンバーやいわきナンバーを嫌がる方は、いずれ、世界から同じ風評被害の目にあったとき、そこで初めて今の福島県人の気持ちがわかるのでしょうか。

 日本の農産物や食品の海外への輸出産業は、「レベル7」報道によって、ほぼ決定的になりました。

 それは、福島産であろうが、他の東北産だろうが、関東・甲信越産であろうが、北海道産であろうが、中部産であろうが、関西産であろうが、中国・四国産であろうが、九州・沖縄産であろうが、「日本産」というタグで“拒否られる”可能性があります。現時点でさえ、放射性物質のレベルが全く問題ない地域の国内産の農作物でさえ、海外の風評被害のダメージを受けています。

 そして、これは農産物に限らず、観光、工業製品、不動産、証券取引などの日本のすべての産業には波及するのはもはや時間の問題です。

 絶対安全といわれた日本の原発が事故を起こし、そのショッキングな映像が世界中に繰り返し報道された結果、これまでの「日本の技術は素晴らしい」、「技術大国、日本」という海外評価はもはや地に落ち、「日本は危険」、「『Made in Japan』は汚れた」ということが少なからず刷り込まれたはずです。

 日本政府はもとより、日本という国やメディア、さらには日本人そのものの信頼性も劇的に低下したと私たちは冷静に知るべきだと思います。

 「日本というブランドは失墜し、日本は傷物になった」今、私は残念ながらそう思わざるをえません。腸が煮えくり返りますが。

 BBCやCNNなどの海外メディアで、災害時の日本人の忍耐さや秩序に賛辞を贈った報道を国内で盛んに耳にしますが、もはやそれしか日本に残っていないのが現状です。

 しかし、被災した私の個人的な感想を言えば、仙台よりも人口が密集しているところで今回のような大地震が起き、交通網が遮断され、4〜7日程度物流がストップし食料が不足すれば、日本でも間違いなく暴動が起きると断言できます。ちょっとの空腹でイライラする人は要注意です。

 そうなれば、日本人の最後の砦ともいえる気高い精神さえも崩壊しかねません。決して悲観的になりたくないのですが。

 戦前の物理学者で俳人でもある故寺田寅彦博士は、次のようなことを言っていました。

 「危機に臨んで最も大切なのは『怖がりすぎる』ことでも『怖がらない』ことでもなく、『正当に怖がる精神だ』」と。

 日本人は、これまで地震や津波などの多くの災害を乗り越えてきました。それは、日本人の「自然は乗り越えるものではなく、共存するもの」、「天災は、“しょうがない”」という自然観で自分を納得させ、復興へと向かって行ったのでしょう。

 しかし、原発は人間が作り出したもので、今回の原発事故は「人災」です。人災であれば、「きちんと人が対策すれば、防げたはず」と考えるのが人間ですから、どうしても納得させるのは難しい作業です。

 大罪を犯した東電に怒りの矛先を向けざるを得ませんが、どこかで「原発事故も“しょうがない”」と納得させなければ、次のステップに進めない気がします。私は、今、東電を許す気には到底なれませんが…。

 被災し生き延びましたが、3.11以前とそれ以降で生活が繋がっているように思えない毎日です。3.11を境に、一度これまでの生活が断絶し、全く別の景色の生活が新たに始まった気がします。

 特に海外から日本を見る目は、原発事故によって大きく変わり、グローバル社会の現在、日本はかなりの苦難の道が待っているのは間違いないでしょう。各人が最低これまでの2倍以上努力しなければ、もとの状態にすら到底戻れないはずです。

 しかし、世界からの風評被害を耐えぬいた先には、きっと3.11以前よりもすごい日本や日本人が誕生しているはずです。それが10年後なのか、20年後なのか、50年後なのか、100年後なのかは私にはわかりません。