夜食日記

分子調理学者。料理・調理のメカニズムを研究する大学教授。著書に『料理と科学のおいしい出会い』(化学同人)、共訳書に『The Kitchen as Laboratory』(講談社)など。分子料理・分子調理ラボ(http://molecular-cooking-lab.net)を主宰。関心は「食×科学×芸術」。

おばあ曰く「福島ナンバーは来ねぇでくれって言われたんだ」

 福島の実家に帰省中、母親や「おばあ」と話して、トーンが一番暗くなったと感じたのが、風評被害の話の時でした。

 母親は、「去年とれた米だって、福島県産っていうだけでもうぜんぜん売れてねんだ。福島県産はもうだめだ」と、怒りとも悲しみともわからない口調で言葉を吐き出していました。

 おばあは、「他県に仮設住宅の資材を取りにいった車が、『放射能が怖えから、福島ナンバーは来ねぇでくれ』って言われたんだ。だから、群馬でわざわざ群馬ナンバーの車に乗り換えて福島に資材を運んだ。福島ナンバーやいわきナンバーの車は、どごがらも嫌われてんだ」と、私に言葉を漏らしました。

 私もWebサイトで「福島県人は被害者ヅラしてる」とか「福島県の人は、こっちに来てほしくないよね」などは目にしていました。その度に、心はざわつきましたが、まあいろいろな意見があるのがネット世界と流していました。

 しかし、パソコンを触ったこともない情報に疎い80過ぎの田舎のおばあが、「福島ナンバーというだけで、来ないでくれ」といった風評被害を耳にしているということは、多かれ少なかれ福島県人のほとんどがそのような話で今心痛めているということでしょう。

 おばあの話が本当かどうかはわかりませんし、単なるデマかもしれません。被害者意識がただ膨らんだようにも思えます。仮に本当だとしても、そのような人はごく一部でしょうし、多くの方に心からサポートしていただいていると私は感じています。

 しかし、原発の近くで見えない放射線物質が一ヶ月も降り注ぎ、心理的に追い込まれている状態の人間にとっては、そのような心無い発言を少しでも耳にすると、そちらに大きく気を取られ、さらに深い闇へと蹴落とされた気分になるのです。

 「手助けしてくれる人のほうがはるかに多いんだから、そっちを見よう」

 私はそういうことしかできませんでした。

 放射線物質の恐怖に怯えながらも、懸命に耐え抜いているのは、多くの方のサポートのおかげです。それが、心の支えであり、「最後の糸」です。

 しかし、ほんのわずかの人の心無い言動が伝わり重なることによって、張り詰めていたか細い糸が、ぷつりぷつりと切れていってしまうのです。

 福島弁で「怖い」を、「おっかない」といいます。

 地震はおっかない、津波もおっかない、見えない放射線物質もおっかない。ですが、私が今一番おっかないのは、「人」です。

 風評被害を起こす人の意識は、本人にたいして悪気がないからこそ、余計に怖く感じます。

 昨日、福島原発の事故がチェルノブイリと同じレベル7にまで引き上げられるとの報道がありました。

 被害の大きさははるかに違いますが、「レベル7」という言葉が独り歩きし、今私たちが「チェルノブイリ」という言葉に感じるものと同じものを、世界中の人たちは「フクシマ」という言葉に感じるようになるのでしょう。

 今私がよく思うのは、チェルノブイリ周辺住んでいた人たちが、事故後どのような気持ちで時を刻んでいったのかということです。1ヶ月前に、このような気持ちを抱くとは夢想だにしませんでした。

 私が福島の実家から仙台の家に車で戻るとき、いつもと同じように母やおばあは、玄関先まで出て見送ってくれました。

 今度のゴールデンウィークも、またおみやげ持って実家に帰ろうと思います。