夜食日記

分子調理学者。料理・調理のメカニズムを研究する大学教授。著書に『料理と科学のおいしい出会い』(化学同人)、共訳書に『The Kitchen as Laboratory』(講談社)など。分子料理・分子調理ラボ(http://molecular-cooking-lab.net)を主宰。関心は「食×科学×芸術」。

科学者の「主観と客観」〜“イカ”や“卵”になりきれるか〜

 私が大学院生の時に、タイトルは覚えていませんが、当時活躍していた科学者たちを紹介している本がありました。かれこれ、15年以上も前の話です。その本の中で、ある科学者が言っていたことがいまだに私の心に残っています。

 その科学者は、神経細胞を使った生理学的な実験をしようとしていました。神経細胞は生物によってだいぶ大きさが違います。大きな細胞ほど採取しやすく、実験に使いやすいので、巨大な神経細胞を持つ「イカ」を実験材料として使おうとしました。

 しかし、新鮮なイカを入手しても、水槽に入れてしばらくするとイカは死んでしまいました。その科学者は、まずイカを水槽で長期間飼うことのできる装置の開発から始めました。ずいぶん気の長い話です。

 その科学者は何度も装置の改良等を試みましたが、なかなか上手くいかず、無数のイカが浮かんでしまったそうです。夢の中でイカが泳ぐ姿を何度も見たとも書いてありました。

 ノイローゼになるぐらい考え、そのうちその科学者は「自分が水槽にいるイカになりきってみた」そうです。

 自分の息が本当に苦しくなるくらい考えた結果、水槽に溜まる微量のアンモニアか何かが原因だと突き止め、その除去によってイカの水槽での長期間飼育を可能にしたと書いてあった気がします。

 イカが水槽で元気に泳ぎ回れるようになった日、その科学者はうれしくて水槽の横で“添い寝”をしたそうです。

 大学院生当時、「研究とは、物事を客観的に評価するものだ」と思っていた私にとって、「イカになりきる」という、いわば“主観全開”のようなその科学者の見方が斬新でした。だから、今も印象に残っているのだと思います。

 おそらく科学者は少なからず、ミジンコを研究している人はミジンコに感情移入し、細胞を研究している人は細胞に感情移入しているではないかと思います。

 感情移入よりもさらに進んで、「対象物“を”観る」に加えて「対象物“から”観る」という、一見エモーショナルな視点が、科学者として実は結構大事なのではと大学院生の時感じました。

 今、大学の研究者という立場なり、研究対象そのものに実際なりきって考えることがありますが、確かに客観的に対象を観るだけでは見えないものを体の内側からじわじわと”感じます”。いわば、ある種の科学者の思い込みが、研究には必要なのでしょう。

 私の場合は、卵の研究をしているので、自分があの殻の中に包まれている姿をよく妄想します。守られている感じがして、居心地は結構いいです。

 今、震災の報道をしているレポーターも、放射性物質の解説している大学人も、災害の現場をあくまで外からのお客様的な目線からしか観ていないように感じる時があります。

 災害のレポーターは、多少なりとも、実際に被災にあった方に“なりきって”その方々の状況を報道して頂きたいし、放射性物質に汚染された食品の安全性を解説する方は、小さな子供を持つ親や妊婦に“なりきって”その方々にわかる解説をして頂きたいです。

 そうすれば、被災者の気持ちを逆なでするような質問など到底できないでしょうし、専門用語だらけの放射性物質の解説をすることもないでしょう。