夜食日記

分子調理学者。料理・調理のメカニズムを研究する大学教授。著書に『料理と科学のおいしい出会い』(化学同人)、共訳書に『The Kitchen as Laboratory』(講談社)など。分子料理・分子調理ラボ(http://molecular-cooking-lab.net)を主宰。関心は「食×科学×芸術」。

「震災→日常」への過渡期で思う、“人”や“食”の本質

震災後という異常時だからこそ、「その人の本性」が垣間見えたり、「本当に大切なこと」があぶり出されると感じている方も多いのではないかと思います。

現在、私の住む場所や仙台駅周辺ではだいぶライフラインが復旧し始めており、異常時を脱し、ほぼ正常時に戻りつつあります。飲食店もだいぶ営業を再開していました。それに従い、市民の求めるものが“時間単位で”変わっているような感覚があります。

特に、人の生命を支える“食べ物の欲求のされ方”というのは、食品研究者として大変興味深いものがありました。

例えば、 今、仙台の人通りの多い場所にある飲み物の自動販売機は、すべての商品が「売切」の状態です。補給はほとんどされていません。

私は街が通電した後、いろいろな場所の自販機の売れ筋を“モニタリング”していました。

真っ先に売切れになったのが、コーンポタージュでした。私も1番買いたかったですが、どの自販機でも品切れで、結局買えませんでした。

寒い時が続いたので、身体へのエネルギー補給に、1缶のコーンポタージュに助けられた方はきっと多いことでしょう。普段、売れる売れないに関わらず、災害の多い自治体では「すべての自販機にコーンポタージュの販売を義務化する条例(自販機コンポタ条例)」を可決すべきと今半分本気で思っています。

次に売切れたのが、果物や野菜のジュース類で、最後まで残っていたのが砂糖ゼロのコーヒーなどでした。いかに人々がカロリーを欲していたかがわかる例ではないかと思います。

また、震災1週間に数時間だけ開いているドラッグストアに入った時、ビスケットやパンなどの“デンプン”系は軒並み完売でした。「脂質の吸収を抑える食品」や「コラーゲンなどの美容系の食品」はきれいにそのまま残っていました。健康食品というものは、災害時には全く見向きもされないものです。

地震数日後の食品不足の街に漂う異様な緊張感というのは、体験したものしかわからなないのではないかと思います。日本ですから暴動などは起きるはずもないですが、お腹が空いたイライラ感というか切迫感は、特に人の多い場所では伝播しやすくなります。空腹感は人から余裕を奪って行きます。

今も食料品店などに多くの人が並んでいますが、買い求めるものはすぐに食べられるものから、自分で調理して食べるものへと変わりつつあります。今日、自宅近くでおじいさんに「野菜を売っている所は知りませんか」と訪ねられました。

現在、宮城県内で依然として停電している地域は多いものの、仙台市の青葉区、太白区泉区は全戸復旧しました。水道は、仙台市内で徐々に断水が復旧してるものの、復旧は地域差があり、今月末まで断水が続く地区も多くあります。都市ガスは、ガス出荷施設が全壊しており、1カ月以内の復旧は難しいようです。

電気、水道が復旧し、ガスが使えなくなると、電子レンジや電磁調理器を使って料理をしたくなるものです。

今日仙台駅前の大型電気店に行きましたが、電子レンジもホットプレートも湯沸かしポットも軒並み棚から消え去っていました。残っていたのは、たこ焼き機だけでした。考えることは皆同じです。

私の住むマンションは、電気の復旧が地震の4日後、水道が8日後でした。

電気と水道の復旧に歓喜乱舞しました。それだけ、精神的にはかなり追い詰められていたのでしょう。

まだまだライフラインが断絶されている地区は多くあり、被災者の心痛はいかばかりでしょうか。1日でも1秒でも早い復旧を関係者の方々にお願いしたいと思います。被災者の限界はとっくに過ぎています。

震災にあわれた方は、おにぎり1個のありがたみや温かい汁物のぬくもりをこれまで以上に感じ取っていらっしゃることでしょう。

食べ物の存在は空気と同じように、普段は当たり前過ぎて気付きにくいですが、災害時の食べ物の存在は巨大です。“食”を大学で教えているものにとっても、今回まざまざと見せつけられました。

最後に。

私は震災後数日間は、家にあった貴重な食料の飴の「純露」が、光り輝く宝石のように見えました。

しかし、さらに数日経った今ではただの普通の飴です。

人間とは、本当に強欲な生き物です。