夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

「食」の問題に、文系、理系の区別なんて関係ない!

 昨年の4月に、今勤務している「宮城大学産業学部 フードビジネス学科」に異動してきて、はや1年が経ちました。

 新しい環境に身を置き、これまでに経験したことのないフレッシュな体験をいろいろとしました。1年を通してみて、宮城大の食産業学部は、私にとってかなりエキサイティングな職場でした。「食」マニアを自称する自分にとっては、「鼻血が出るほど」という形容詞を使ってもいいほどです。

 このブログは私の忘備録ですので、着任1年目の新鮮な気持ちを、忘れないうちに簡単にまとめてみることにします。

 私が他大学から宮城大に移ってきた理由の一つに、全国で唯一の看板を掲げている「産業学」の理念に非常に興味を持ったことがあります。特に、所属する「フードビジネス学科」の理念に、「文理融合」というものがあります。

 フードビジネス学科は、現代社会の強いニーズに対応し、これまでの「食」に関連する教育・研究組織とは異なった新しい概念を盛り込んで、今から約6年前に設置されました。

 具体的には、「食品化学」「食品加工学」「栄養学」や「食品機能学」に関する理系科目の習得と同時に、食品の「経済学」や「経営学」「事業戦略」「マーケティング」等の文系科目の習得を目指した総合的な教育を行っています。

 フードビジネス学科の所属教員も、文系の「社会科学」の教員と理系の「自然科学」の教員が混在している、なかなか他にはない面白い組織です。

 大学の教員は、えてして自分の専門にこもりがちといわれます。しかし、宮城大では、経営学が専門の先生が遺伝子組換え作物(GMO)に詳しかったり、理系の先生がマーケティングに絡めた研究などを行っていたりします。さらに、文系、理系の枠を超えた共同研究なども行われています。

 実際、「食の安全・安心」の問題は、科学的なアプローチと社会学的なアプローチ、両方がなければその問題の全体像は理解出来ないでしょう。また、「食品の開発」にしても、食品学、食品加工学のような専門的な知識の他にマーケティングの知識や経験も備えていればかなりその視野が広がるのではないかと思います。

 私が、フードビジネス学科の教育が面白いなぁと最も強く感じたのが、先月行われた卒論発表会でした。

 発表の中身が、外食産業に関する研究、乳酸菌の生理機能、地元特産品の科学的分析とそのマーケティング、抗酸化成分の生体作用、中小企業の経営戦略など、いろいろなジャンルの卒論が発表され、2日間の発表中、聞いていて飽きることがありませんでした。

 卒論発表は全体で見ると、「食」というキーワードでくくられています。自分の専門を離れると理系の分野でもよくわかりませんが、経営学の分野になると理系出身の私にはもうわからなすぎて、それが逆に面白いなぁと感じました。わからなさの幅が実に広いのです。

 「文系科目と理系科目両方学ぶと、どちらも底が浅い勉強しかできなくなるのでは」と他の方にいわれたことがありますが、大学の学部では、食の広い範囲を教えるジェネラリスト養成教育の方がはるかに大事だと異動してきて感じました。

 学部教育で下手な専門性を持たせたところで、社会では通用しないことが多く、本当の専門性は大学院教育が担っています。食全体を学部時代に広く捉えておくということが、その後の社会に出てからは非常に大事だと思うのです。

 私の研究室は、食品、栄養、料理を分子レベルで調べる、おもいっきり理系の部屋なのですが、そこに配属されてくる学生たちですら、私の知らない経営学や財務関係の基礎を知っています。また、文系の研究室に行く学生も、食品衛生の科学的なことを知っていたりします。

 元サッカー日本代表監督のイビチャ・オシム監督の言葉を借りると、フードビジネス学科の学生は、食に関して「ポリバレント」な能力を有しています。

 学部教育で教えられる食に関係する知識は、文系、理系科目ともに限りがありますが、広く浅くでもそれらに触れていることが、大切でしょう。人は触れたことのない専門分野にはなかなか踏み込めませんが、一度でも経験していれば、心理的な負担が小さく、新たな分野へもチャレンジしやすくなります。

 現在でも、高校時代に、文系クラスと理系クラスに強制的に分けられるシステムになっているのでしょうが、このことがいろいろな問題を細分化して考えるようになり、大きな「大局観」でとらえることの障害になっているように感じます。

 食の問題や他のさまざまな社会問題もそうかもしれませんが、文系と理系の要因が複雑に混ざっており、専門家同士の話し合いでは解決できない溝を、両方の知識がある人が取り持ち、コーディネートしていくことが問題解決には大切な時代となってきているように感じます。

 フードビジネス学科の「文理融合」の取り組みは、「食」に関していわば大きな社会実験を行っているようなものです。それが、成功するか失敗するかは、卒業生の活躍にかかっているでしょう。

 ちょうど1週間後の金曜日が宮城大学の卒業式です。今度の卒業生が学部の三期生にあたります。まだまだ卒業生は少ないですが、なかなか面白い人材を輩出していると思います。