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夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

朝日新聞「料理と科学が出会う時」を科学者が読んだ感想

料理・調理 おいしさ 食の科学 分子ガストロノミー・分子美食学 分子料理・分子調理

 一昨日の3月7日、朝日新聞グローブの第59号に「料理と科学が出会う時」という特集記事がありました。記事は、Web版でも一部ご覧になれます*1

 目次は次のようなものです。

  • [米国・マサチューセッツ州]黒いエプロンには、数式があしらわれていた
  • [スペイン・カラモンジョイ]世界一生んだ二つの研究所
  • [フランス・パリ]「人工物の方が体にいい」
  • [ベルギー・ブリュッセル]最新技術は食品業界から
  • [スペイン・サンセローニ]科学偏重に大地の逆襲
  • [福岡・那珂川]土のついた野菜のおいしさを分子レベルで引き出す
  • [奈良・富雄]記憶と香りが味を形作る
  • [東京・日本橋]テクニックを見せるより「おいしい」という言葉を
  • [福岡・博多]居酒屋で零下196°Cの液体窒素メニュー
  • [京都・東山/東京・赤坂]「60°Cで1時間」。研究結果で、出汁の取り方を変えた

 実際に、「分子調理学」という料理を分子レベルで教育研究している大学人として、その感想を述べたいと思います。

 最初の記事のハーバード大学のマイケル・ブレナー教授らが行っている「科学と料理(Science & Cooking)」の講義は、ハーバード大AppleiTunes Uというポッドキャストで講義の様子を配信しており、私は以前から”受講”していました。

 Youtubeでも、iTunes Uと同じ講義の映像がご覧になれます。

 「数学者や物理学者が、料理を”斬る”とこうなるよね」というのがよくわかります。朝日新聞の記事にも、

応用物理学の教授、デービッド・ワイツは、「学部生に科学の面白さを伝えるのは長年の課題だったが、今回は大きな手応えを感じた」という。「科学者には物事を理解したいという情熱が、シェフには食べ物への情熱があった。その熱気が伝わったんじゃないかな」

とあるように、科学者にとって、料理はサイエンスのおもしろさを学生に伝える”道具”として使っています。

 一方、料理人にとってみると、科学は新しい料理を生み出すための”道具”として捉えられています。記事にも出ている「エル・ブリ」のシェフ、フェラン・アドリアさんは「分子調理法」を次のように使っています。

フラスコやスポイトなど実験室でおなじみの用具やソーダサイフォン、減圧調理器具といった物々しい最新鋭機器を駆使。食材を粉砕したり泡にしたりすることで、味や香りを失わないまま胃袋にもたれないメニューを次々と考案した。

 まさに、新しい道具や技術を使って、新しい料理を生み出そうというアプローチです。

 このように科学者と料理人の考え方には相違があり、科学者は「料理」をサイエンスのための”材料”として、料理人は「科学」を新しい料理を生み出す技術(テクノロジー)ための”材料”としてそれぞれ使っています。

 私は、料理人の方が、きちんとその新しい科学技術を理解した上で、分子料理法や分子調理法によって新しい料理を生み出すことは大変価値あることだと思っています。

 しかし、原理もわからず、ただなんか目新しいということだけで、料理に液体窒素を使ったり、スポイトで”ぽたぽた”したような料理はただの出来の悪い「マジック」に過ぎません。

 科学的な原理がわかって料理してこそ、失敗したときには次に生かせますし、さらにおいしい分子調理法の発明に繋がっていくのだと私は思っています。

 朝日新聞の記事で私が一番心惹かれたのは、京都の料亭・菊乃井の村田吉弘さんに関する記事です。

村田自身、各国で伸び盛りのシェフと交流するようになって変わったことがある。日本料理を料理人に説明するのに、型どおり「歴史や季節感を生かすことだ」などと言っても、あいまいすぎてわからない。「なぜそうするのか。科学的、論理的に納得させる必要があった」
転機は、2002年だった。京料理の要となる昆布出汁について、大学の研究者らによる実験で「昆布のグルタミン酸を最大限に抽出するには60度を保って1時間加熱するのがいい」という結果が出たのだ。
仲間同士でふだんのやり方を比べると、火にかける温度は20分〜80分までバラバラ。徐々に温度を上げて沸騰直前に取り出し、カツオ節を加えてふたたび沸騰したところで火を消す、というのが一般的な出汁のひき方だった。代々受け継がれて、そういうもの、と疑わなかった。
しかし、「60度・1時間加熱」を続けて鍋の中の温度を85度まで上げたら、火を消してからカツオ節を入れる。沈んだらすぐに濾す、という手順のほうがよい結果だった。
よりよい方法がわかったなら、それを試したい。研究に協力していた菊乃井などの京都の料亭は、ためらわなかった。

 私は、これこそが「料理と科学の幸運な出会い」なのではないかと思います。

 料理人が「科学」というフィルターを新たに持つことで、料理はさらに進化し、新たな料理へと発展していくでしょう。

 当たり前ですが、科学だけで料理が語られるわけではありません。料理のおいしさは、見た目やその場の雰囲気などいろいろ要素が組み合わさった「総合芸術」ですから、料理人の技術や感性が最も大切なことは言うまでもありません。

 科学は、料理において一つの”見方”なのでしょう。

 「料理と科学の出会い」というのは、いわば「”料理人”と”科学者”の出会い」です。料理人が大学の研究室に、科学者がレストランの厨房に頻繁に行き来する時代がそのうちやって来るかもしれません。

*1:[http://globe.asahi.com/feature/110307/index.html:title=料理と科学が出会う時]|朝日新聞グローブ(GLOBE)