夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

料理を分子レベルで調べたい理由 −知的好奇心を揺さぶりたい−

 これまで*1*2*3の続き。

 カナダに研究留学中、ある一人の日本人学生と出会いました。日本の高校を卒業した後、カナダの大学に入学した「スミタニ君」という、環境学を学んでいる男子学生でした。

 留学先の街の規模は小さくて、いかにも北米の田舎にある大学の街という感じでしたが、そこに住んでいる数少ない日本人でいろいろ情報交換などをしていました。特に、引っ越す際の家具の受け渡しなどは、このコミュニティーがかなり活躍しました。何代もの日本人研究者が引き継いだ「伝説の炊飯器」などがあったくらいです。

 そのコミュニティが縁でスミタニ君と会い、何度か話をする機会がありました。大学の講義で出される課題が多くて、それをこなすだけで相当大変なこと、貧乏暮しをしていること、大家さんとコニュニケーションするのにとても気を使っていること、日本に住んでいる遠距離の彼女のことなど。

 スミタニ君と話して、日本にいる学生との意識の違いをひしひし感じましたが、特に学問に対する熱意が、日本にいる学生とは桁違いに高くて、「あぁ、これは日本の学生とは決定的に違うなぁ」と感じたのは、会話の中で「知的好奇心」という言葉を彼から聞いたときでした。

 自分で勉強したいことを調べて、日本からわざわざ海外に来るぐらいの学生ですから、元々意識の高い学生なのは間違いないのですが、20代前半の学生から「知的好奇心」という言葉を聞いたことがとても新鮮な体験でした。

 日本の大学の学生の多くがおそらくそうでしょうが、それまで私が日本で接してきた学生は総じて”受け身”で、新たな知識を自分から奪い取るという意気込みのある学生にはほとんどお目にかかることはありませんでした(表に表さないだけかもしれませんが)。ですから、若い学生が「知的好奇心」という言葉を発してくれたことが、とても嬉しかったという記憶があります。

 今、日本の経済状態が悪化するにつれ、日本人のものの考えがどんどん合理主義になり、無駄なものはどんどん排除すべきという風潮を強く感じます。特に大学の基礎研究分野における、お金がかかり、一般の方にわかりにくい研究は、例の「事業仕分け」の格好のターゲットにされるくらい、今の大学はいかに「金をもうけられるか」がにシフトしています。

 しかし、大学の使命は、新たな「知」を生み出すことに最も価値があり、さらにいえばスミタニ君のような「知的好奇心」に満ち溢れた学生を育てることこそ、大学が最も行わなければならないことなのではないかと個人的には思っています。

 私が体験した、ある年の卒論指導でのことです。

 私は卵の研究をしているのですが、ある学生が鶏の卵の色の「機能」を調べていたところ、どうも光を当てるとちょっと変わった抗菌作用を発揮するようだということが実験しているうちにわかってきました。それまで卵の色は、温度調節とか外敵から身を守るためのカモフラージュ程度に考えられていたので、光依存的な抗菌作用というのは、ちょっと意外な”発見”でした。

 大きな発見ではありませんでしたが、「まだ誰も知っていないことを世界で初めて知った」ということに、私自身ワクワクしましたし、実験をしていた学生も、次第に実験にのめり込んでいく様子が外から見てもひしひしと伝わってきました。

 そうすると学生も自分自身でいろいろ調べて実験をするようになり、微生物の種類に対して効果が違うことなど、興味深いことをいくつも明らかにしてくれました。その学生が卒業してもう何年も経ちますが、今でもよく電話をかけてくれて、近況を伝えてくれます。

 そういうことがあって、私の卒論の指導方針は、新たな知識を得る「ワクワク」感をいかに学生に感じさせるかというところに重きを置くようになりました。その指導方法は非常に簡単で、指導教官のおっさん(私)が実験を一番面白がっている姿を学生に積極的に見せることです。

 もちろん大学の研究には国の税金が投入されているので、社会への還元も頭に入れるようにと指導はします。しかし、ある課題に興味をもって、自分でどっぷりとディープに調べることは、社会人になってからも不可欠な能力であり、また、人生そのものを豊かにするのに非常に大切であるといえます。

 ただ、人が何に興味をもつかは人それぞれです。

 今、子供たちの理科離れがいわれていますが、生き物や目の前の不思議な現象を目にして、最初から興味をもたない子供はいるはずはないと私は思っています。対象として、星やロボットに興味はなくても、「食べ物」に関しては毎日口にするものですから、男の子、女の子問わず、みんな興味があるのではないでしょうか。多くの児童、私もそうでしたが、小学校の時の得意教科は「給食」のはずです。

 食べ物のTV番組が氾濫しているように、老若男女を問わず、多くの人が食べ物、特に「料理」には文字通り”食い付き”ます。その料理を科学的に調べることは、物事の新しいことを知りたいという「知的好奇心」を揺さぶるのに格好の材料なのではないかと思っています。

 「おいしいスープの中の世界はどうなっているのか」、「マカロンのあの絶妙な歯ごたえはミクロなレベルでみるとどうなっているのか」、「薫り高い紅茶の香りはどこからやって来るのか」など”料理の科学”に対して興味をもつ人は相当な割合でいるのではないかでしょうか。

 「人の知りたいという気持ちに少しでも火をつけたい」と思っているのが、料理を分子レベルで調べたい最後の理由です。

 結論に達するまで、だいぶ時間がかかりました。

 (おわり)

*1:[http://d.hatena.ne.jp/yashoku/20110119/p2:title=料理を分子レベルで調べたい理由 −料理は化学実験−] - 食品研究者の夜食日記

*2:[http://d.hatena.ne.jp/yashoku/20110120/p2:title=料理を分子レベルで調べたい理由 −アイスクリーム作りでわかったこと−] - 食品研究者の夜食日記

*3:[http://d.hatena.ne.jp/yashoku/20110124/p2:title=料理を分子レベルで調べたい理由 −食の流れの中で−] - 食品研究者の夜食日記