夜食日記

分子調理学者。料理・調理のメカニズムを研究する大学教授。著書に『料理と科学のおいしい出会い』(化学同人)、共訳書に『The Kitchen as Laboratory』(講談社)など。分子料理・分子調理ラボ(http://molecular-cooking-lab.net)を主宰。関心は「食×科学×芸術」。

「分子料理」って何?

 このブログで何度も出てきている「分子料理」。その定義は、わかるようで実はなかなかわかりません。Wikipediaの「分子ガストロノミー」を見てもイマイチ何をいっているのかわからない人が多いのではないかと思います。

 人によっていろいろ取り方が違うと思いますが、私なりの分子料理の定義を考えてみます。

 まず、分子料理分子調理の違いですが、料理人と調理師の違いから分かるように、調理師は職業的なイメージが、料理人はもっとカジュアルなイメージがあります。また、調理学(調理科学)という学問はありますが、料理学という学問は学術的な感じがしません。

 つまり、分子料理は分子調理と比べて、フランクに使う言葉であるといえます。「分子料理法」は、単語的にOKでしょうが、「分子料理学」はおそらく不適切な表現で、「分子調理学(分子調理科学)」の方が正しいのではないかと思います。

 ここからは、分子料理についてのみ言及しましょう。

 分子料理という言葉の「分子」は何を表しているかというと、おそらく2つの方向性を考える必要があると思います。一つは「マクロ(大)からミクロ(小)」、もうひとつは「ミクロ(小)からマクロ(大)」です。

 わかりやすくいうと、分子料理は「おいしい料理を分子レベルで調べる」ことと「分子レベルで調べた原理を使っておいしい料理を作る」ことです。

 私が以前作った液体窒素アイスクリームの例で説明します。

 まずは、「マクロからミクロ」の分子料理。

 乳脂肪分の多い濃厚なプレミアムアイスクリームのおいしさは、あのクリーミーな舌触りですが、そのアイスクリームを電子顕微鏡を使って”分子”レベルで見ると、アイスクリームの中の氷の結晶が小さいことがわかる。アイスクリームのおいしさを分子レベルで調べることが、大から小の流れの分子料理。

 次に、「ミクロからマクロ」の分子料理。

 ”分子”レベルでの解析から、氷結晶が小さければ小さいほど、アイスクリームがなめらか、すなわち美味しくなるということがわかったので、いかに氷結晶化を抑えるか考えたときに、凍らせる時間が短いほどおいしくなると考えられる。凍らせる時間の短縮化に最適なのは液体窒素なので、液体窒素を使って瞬間的に凍らせたアイスクリームはおいしいはず。アイスクリームがおいしくなる原理に基づいて、最適な手法を用いて料理をつくるのが、小から大の流れの分子料理。

 前半の「マクロからミクロ」の「おいしい料理を分子レベルで調べる」はサイエンス、「ミクロからマクロ」の「分子レベルで調べた原理を使っておいしい料理を作る」はテクノロジーといえるでしょう。

 すなわち、分子料理はサイエンスとテクノロジーが混合しているのでわかりにくいのかもしれません。

 例えば、医学も、このサイエンス&テクノロジーの融合であり、「ミクロからマクロ」の部分が病気の原因を探る基礎医学、「ミクロからマクロ」の部分が病気を治すという臨床医学に相当します。多少語弊があるかもしれませんが…。

 分子料理は、原理もわからず、ただ液体窒素を使って目新しい料理を作ることではないということが私はいいたかったわけです。