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夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

究極の温泉卵を作ろう!

分子料理・分子調理 おいしさ 料理・調理 分子ガストロノミー・分子美食学

 大学1年生対象の「基礎ゼミ」で行っている分子料理教室の話を一つ。前回前々回のつづき。

 「料理は、卵に始まり卵に終わる」といわれているように、卵料理は実に奥深いものです。なかでも、私たちが意外と作れないのが、温泉卵ではないでしょうか。

 そんなわけで、「究極の温泉卵を作ろう!」というのが今回の分子料理教室のテーマです。

理論編

 温泉卵のおいしさは、その味というよりも、白身の「トロっ」とした食感と黄身の「モチっ」とした食感のハーモニーでしょう。その温泉卵の白身と黄身の食感、すなわちテクスチャーを形成しているのは、主にそれらに含まれているタンパク質です。タンパク質が変性、すなわち固まることによって食感が変わります。

 また、卵白と卵黄にはさまざまなタンパク質が含まれており、それらが変性する(固まる)温度はそれぞれ異なります。卵のタンパク質の変性温度は、次の表のようになります。

タンパク質 変性温度(℃)
卵白
オボトランスフェリン 61
オボムコイド 70
リゾチーム 75
オボアルブミン 84.5
グロブリン 92.5
卵黄
LDL 70
HDL 72
α-リベチン 70
β-リベチン 80
γ-リベチン 62
ホスビチン >140

 ゆで卵の白身は硬いのに、温泉卵の白身がやや”流動的”なのは、卵白に含まれているタンパク質の種類によって固まる温度が違うからです。特に、卵白の場合、オボムコイドとよばれるタンパク質が卵白の凝固に大きく関わっているといわれています。そのため、オボムコイドが固まる70℃前後で、白身の形態は劇的に変わります。

実践編

 温度と時間を変えて卵を保持すれば、温泉卵ができるわけですが、難しいのが温度調節です。しかし、実験室には、恒温槽という水の温度を一定に保つ装置があります。原理は、熱帯魚の水槽に使われるサーモスタットと同じです。

 下の機械は、温度1℃単位で変えられるものです。卵を下記のようにセットし、前後に振とう(60往復運動/分)しながら保温しました。

 温度を4段階(65、67、70、75℃)、時間を3段階(10分、20分、30分)、計12種類の温泉卵を作りました。
↓一覧がこちら。

65℃、10分、20分、30分間加温した温泉卵。白身も黄身もレアレア状態でした。

67℃、10分、20分、30分間加温した温泉卵。10分、20分のものは、白身が部分的に固まっているのがわかります。固まったのは、主に変性温度が低いオボトランスフェリンでしょう。30分の黄身は、生過ぎず、硬すぎず、適度ななめらか感があり、ベストな状態でした。

70℃、10分、20分、30分間加温した温泉卵。70℃は、時間によって白身と黄身の形状が劇的に変わりました。10分では白身がレアすぎ、20分では黄身がやや柔らかめ、30分では黄身が少し硬すぎる結果となりました。

75℃、10分、20分、30分間加温した温泉卵。75℃は20分で、黄身が硬くなり、30分でもちもち感が失われました。白身も70℃以下の時と異なり、しっかりと固まってしまっています。

 実際に食味した結果、67℃、30分加温した温泉卵が、おいしかったです。

 黄身と白身の固まる温度が異なるため、何℃に調整するかというのが温泉卵調理のポイントですが、卵を構成するタンパク質の変性温度や、それらのタンパク質の含量やテクスチャーに及ぼす役割などを分子レベルで知っておけば、ある程度加温する温度は決まっていきます。

 また、加温時間は、卵内部へ温度が伝達には時間がかかるので、”実験”を重ねて実際においしくできる最適条件を見つけていくのがいいでしょう。