夜食日記

分子調理学者。料理・調理のメカニズムを研究する大学教授。著書に『料理と科学のおいしい出会い』(化学同人)、共訳書に『The Kitchen as Laboratory』(講談社)など。分子料理・分子調理ラボ(http://molecular-cooking-lab.net)を主宰。関心は「食×科学×芸術」。

果物を冷やすと甘く感じるのは気のせいではない

 今日の講義で話したネタから。講義風に書いてみます。

 「果物が冷たいと より甘みを強く感じる気がする…?」、「アイスコーヒーに入れるシロップ をホットコーヒーに入れると あまり甘くない気がする…?」、「冷たい清涼飲料水は甘いのに、 ぬるくなると甘くない気がする…?」

 このように感じた人はいないでしょうか。

 これらは、決して気のせいではありません。きちんとした理由があります。くわしく説明しましょう。

 スクロース(ショ糖)をはじめ他の糖溶液の甘味は温度によってあまり変化しないのに対して、果物やシロップ・清涼飲料水に含まれる異性化糖中のフルクトース(果糖)の甘味は温度によって大きく変動することが知られています。

 下のグラフは、スクロースの甘さを100としたとき、各温度における各種糖類の甘味度を比較したものです。グルコース、ガラクトース、マルチトール、マルトースなどの甘味料は、温度によってほとんど変化がありません。それに対し、フルクトースは5℃でスクロースの約1.5倍も甘いのに対し、60℃では0.8倍の甘さしかなく、温度の上昇によって急激に甘味度が低くなることがグラフからわかります。

 食品学 ー食品成分と機能性ー(東京化学同人

 それでは、なぜフルクトースは温めると甘味が弱くなるのでしょうか。それはフルクトースの溶液中での存在状態と関連があります。

 フルクトースは下の図のように、5種類の構造式の形をとり、その平衡混合物として存在すると考えられています。実際には、右下の6角形の形をしたβ−フルクトピラノースと、左下の5角形の形をしたβ−フルクトフラノースが大部分を占めています。

 食品保蔵学(文永堂出版)

 β−フルクトピラノースはβ−フルクトフラノースと比べて約3倍甘味が強いことが知られています。これはおそらく、舌の味蕾上にある甘さを感じる受容体が、このβ−フルクトピラノース化合物の6角形とぴったり合うためでしょう。

 各フルクトース分子の平衡点は温度によって異なり、甘さの強いβ−フルクトピラノースは、20℃では全体の約70%を占めますが、90℃では約40%に低下します。

 果物が低温で甘く感じるのも、ホットコーヒーに異性化糖のシロップを入れるとアイスコーヒーに入れるときよりも甘味が少ないように感じるのも、清涼飲料水が暖まってくると甘味が落ちるように感じるのも、このような事実によるからです。