夜食日記

分子調理学者。料理・調理のメカニズムを研究する大学教授。著書に『料理と科学のおいしい出会い』(化学同人)、共訳書に『The Kitchen as Laboratory』(講談社)など。分子料理・分子調理ラボ(http://molecular-cooking-lab.net)を主宰。関心は「食×科学×芸術」。

食べられたくないトウガラシ、しかし食べたいヒト


 暑くなると、無性に辛いものが食べたくなります。本格的なインド料理やタイ料理が食べたい今日この頃です。

 トウガラシなどの辛味の正体は、カプサイシンという成分なのは有名です。カプサイシンは、舌や口腔内にあるカプサイシン受容体であるTRPV1という膜タンパク質に結合し、辛味の刺激を細胞内に伝えます。TRPV1は、カプサイシンの他、酸や熱の刺激を受容するイオンチャネル型受容体とよばれるものの一種です。

 TRPV1は口腔内に特異的なものではなく、全身に分布しており、感覚神経末端で「痛み受容」の入り口を担う分子として知られています。辛いものを食べて汗が吹き出すのは、カプサイシン自身の効果と思われがちですが、体内に吸収されたカプサイシンが、副腎皮質ホルモンの分泌を促進し、そのホルモンが発汗・発熱を促しています。

 トウガラシはそもそもなぜ辛いのかといえば、動物に食べられないようにするためと考えるのが一般的です。実際、野生の哺乳動物たちは通常トウガラシを避けます。

 トウガラシの辛さを利用して、トウガラシを害獣よけに使おうという研究が以前ありましたが、ことごとく失敗に終わりました。理由は、哺乳動物たちはトウガラシの辛さにいったんは撃退されますが、いったんその辛さの”快楽”を知ってしまうと、好んでそのトウガラシを食べてしまうものたちが出てくるからのようです。

 さらに面白いのは、鳥類は辛さに抵抗性を持っており、人であったら”致死量”のカプサイシンであっても平気で食べることができます。鳥はカプサイシン受容体をそもそも持っていないのでしょう。

 トウガラシが、哺乳動物に辛さを感じさせ、鳥類には感じさせないようになったのは、鳥類に食べてもらえば、鳥類は消化系が哺乳動物よりもシンプルなため、トウガラシの種を未消化のまま糞中に排泄し、自分たちの祖先を遠くまで運んでくれると踏んだからでしょう。

 しかし、実際は逆に、トウガラシにはまる”動物”たちが続出しています。トウガラシが野生の動物に食べられないようにする”辛さ大作戦”は失敗だったのかもしれませんが、現在、たくさんのトウガラシの品種が人の手によって栽培されていることは、生息範囲を広めるという点でトウガラシの完勝ようにも思えます。これまで、人間が自分(トウガラシ)の魅力に取りつくとは、当のトウガラシも想像していなかったことでしょう。

 私の専門は、食品学と栄養学ですが、トウガラシのように食べ物を「食べる側」と「食べられる側」両方から捉えるととても面白く感じます。