夜食日記

分子調理学者。料理・調理のメカニズムを研究する大学教授。著書に『料理と科学のおいしい出会い』(化学同人)、共訳書に『The Kitchen as Laboratory』(講談社)など。分子料理・分子調理ラボ(http://molecular-cooking-lab.net)を主宰。関心は「食×科学×芸術」。

「節約遺伝子仮説」から考える「美人の定義」

 ヒトが生きるために食糧を簡単に得るようになったのは、ヒトの歴史の中でごくごく最近になってからのことです。人類の歴史は、飢えとの戦いだったといえるでしょう。

 少量の食物を脂肪として体内に保存できることや、少量のエネルギーを効率良く利用して生き延びることが生存のためにはきわめて重要でした。西洋東洋問わず、昔の美人画を見ると「ふくよか」さんが多いのは、太っていることが生存に適していたため、当時の人の理想の姿だったからに違いありません。
ルノワール”浴女たち”*1

 「美」という漢字を見ても「羊が大きい」と書くので、昔の人は丸々と太った羊の体のラインを見て、「ビューティ!」と感じたのでしょう。

 ヒトは、そもそも飢餓に対して抵抗力を有する遺伝子を有していることが知られており、その遺伝子は、節約(倹約)遺伝子(thrifty gene)とよばれています。具体的には、基礎代謝や食事誘発性熱産生を低下させる遺伝子です。

 節約遺伝子は、飢餓時代を生き抜くには有意に働きますが、飽食時代になると肥満や糖尿病になりやすく、かえって生存には不利になります。

 代表的な節約遺伝子の一つに、「β3アドレナリン受容体」の遺伝子変異があります。日本人には、3人に1人の高頻度でこの変異が存在し、変異型の人は、内臓脂肪型肥満、インスリン抵抗性、糖尿病早期発症などになりやすいことが報告されています。β3アドレナリン受容体以外にも、現在までに、40種類以上の肥満関連遺伝子が発見されています。

 私が思うに、現代のモデルやタレントにやせ型が多いのは、社会全体が肥満による病気のリスクを過剰に意識し、それを恐れている反動からきているような気がします。

 時代時代によって、美人の定義は変わりますが、人びとの根底にあるのは「その時代に最も健康的で長生きする人が美人」なのではないでしょうか。

 現在、肥満度を表すBMI値は、18.5〜24.9が正常値とされています。しかし、実際は平均寿命は24から25くらいの人の寿命が最も長く、米国でも25から29.9の人の死亡率が最も低いといわれています。ちょっとぽっちゃりくらいが一番長生きするということです。

 しかし、今の日本人の若い女性の約25%はやせ型に入るようです。「ややふくよか=長生きする=美しい」ということが社会全体にうまく広がっていけばいいものです。