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夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

あふれる情報に振りまわされないためには

食の情報

 MSN産経のニュースから。

【凍える就活 内定率急落の現場】(4)あふれるネット情報
2009.12.18 07:41 MSN産経

■振り回され「自分見失う」
 埼玉大4年の飯島孝史さん(22)=仮名=の一日は、パソコンでメールをチェックすることから始まる。就職活動がスタートした昨年秋。就職情報サイトや企業から会社説明会の案内や採用情報が大量に届いた。就活が終盤を迎えた最近は、就職内定者の体験談が記されたメールマガジンにどうしても目がいってしまうという。就職活動を始めて1年以上。約50社にエントリーシート(応募書類)を送ったが、内定は1社もない。紺色のリクルートスーツの袖口はほころび始めている。(中略)
                   ◇
 インターネットは就職活動に欠かせないツール(道具)だ。企業側も採用活動にネットを利用するのが当たり前となっている。そんな中で、ネットにあふれかえる情報に、振り回される学生も多い。(中略)
                   ◇
 パソコン、携帯…。情報化社会に生まれ育った、いまの若者たち。就職活動が厳しさを増せば増すほど、ネット上の情報に救いを求めてしまう傾向があるようだ。景況悪化で、企業は採用枠をかつてないほど絞り込んでいる。一方で、就職活動に関するネット上の情報は膨張する一方となっている。そのギャップの中で、少なくない学生がもがいている。

 ウチの大学の学生も昨年と比べて、今年の内定率はかなり低くなっています。たった1年でこれだけ就職状況が違うと、景気という学生の能力の及ばないこともあり、不運、不憫としかいうほかありません。数十社のエントリーシートを書いても書いても書類審査で蹴られ、面接までたどり着いても落とされ続けた学生が、藁をもすがる思いでインターネットの情報に飛びつく心境は決して分からない訳ではありません。

 ただ、学生が正しい情報を選び出す技術に関しては、残念ながら低いといわざるを得ません。レポートなどを書かせると、インターネットの怪しい情報を引用してくる学生がかなりの数にのぼります。「インターネットの情報は『玉石混交』で、圧倒的に価値のない『石ころ』ですよ」と説明しても、「医学部を出た人だから」とか「テレビによく出ている人だから」など、情報の中身を吟味せず肩書きなどで信じてしまう人が実に多いのです。
 正しい情報を選び出す技術は、現在の情報化社会を生き抜くためには必須であるにも関わらず、大学で「情報リテラシー」をきちんと教えているところはまだまだ少なでしょう。私の大学でもそのようなカリキュラムは確立されておらず、各教員が講義の中で「インターネットの情報は、あまり信じちゃいけませんよ」と言うのが関の山です。

 インターネットやテレビなどの情報を信じてしまいやすい人は学生に限らず、一般の方にも相当います。効果が怪しい「健康食品」に手を出してしまう人、「振り込め詐欺」の被害に遭ってしまう人など、「信じるものは救われる」思想が残る(!?)日本では、人や情報を鵜呑みにしてしまう人は少なくありません。

 現代は、どんな情報もそうですが、「食」に関しての情報も、インターネット、テレビ、雑誌・本など、様々なメディアで大氾濫している時代です。「食」の研究者から言わせてもらうと、世の中の「食」にまつわる情報の95%は実に疑わしいものです。「食」の話は身近であるため、誰でも簡単に語ることができますが、確かな証拠(エビデンス)に基づいている情報は皆無に近いです。テレビの健康番組でテキトーな情報をまき散らす人達は、逆に食への不信感をもたらす大きなネガティブ要因の一つです。科学に基づいた正確な情報というのは、派手ではないので、一般の方には実は分かりにくいものです。

 あふれる情報に振りまわされないためには、まず、

  • 「疑ってかかること」 と
  • 「正しい知識を得ること」

の2点しかないでしょう。

 昔の学生と今の学生達を比べると、あまり人や情報を疑うことをしない「純粋まっすぐ君」の割合が高くなっているように感じます。素直ないい子(を演じている学生?)が多く、あまりに教員の言うことを聞くので、将来悪徳商法にだまされやしないかと心配になるぐらいです。きっと、家庭や社会が「問題を起こさない、素直な純粋な子」を強く望んでいる風潮が背景にあるためでしょう。

 教える立場から言うと素直な子は教えやすい反面、教員の言うことも疑うくらいでないと、社会に出たときに痛い目に会うのではないかと心配になります。今は「疑う力」が強く求められる時代なのかもしれません。研究者は常識をも疑う、疑い深い人種ですが、「純粋無垢が一番」と教え込まれた人に「疑えー、疑えー」と正反対いうことをいうのは、ちょっと難儀な作業でもあります。

 また、正しい情報を得るためには、「自分の物差し」を持たなければならず、その物差しも正確な目盛りがあるものではなくてはならないでしょう。つまり「正しい知識に基づいた判断能力」を身につけなければならないということです。
 食の分野で言えば、「緑茶でがんが治るというのは、統計(疫学)的には明らかにされていないのですよ」とか「この食品で体脂肪が減るというのは、あくまでネズミでの実験の話で、人間ではまだ立証されていないのですよ」というようなサイエンスに基づいた知識のことです。

 「正しい情報を得る」ためには、→「正しい判断基準を持つ」ことが大事で、正しい判断基準を持つためには、→「正しい知識を得なければならない」。
 以上のことから「私たちは専門の知識をもっともっと勉強しなければなりません」ということを、定期試験の前に学生に対して必ず言うことにしています。